南方二書(現代語訳11)

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南方二書(現代語訳)

  • 1 那智山濫伐事件
  • 2 証拠品の古文書
  • 3 拾い子谷
  • 4 那智のクラガリ谷
  • 5 植物の全滅
  • 6 闘雞神社の大樟
  • 7 土地固有の珍植物
  • 8 人民への悪影響
  • 9 全国の神社合祀
  • 10 神社は地域の大財産
  • 11 珍しい動植物
  • 12 学問上貴重な神社林
  • 13 西の王子
  • 14 出立王子,三栖中宮,三栖下宮,本宮
  • 15 新宮
  • 16 神道
  • 17 秘密儀
  • 18 火事を消そうとする雉
  • 19 日高郡
  • 20 学術上の材料
  • 21 巧遅より拙速で
  • 22 糸田猿神社,竜神山
  • 23 奇絶峡,小土器
  • 24 古蹟の保存
  • 25 高原,十丈,野中,近露の王子
  • 26 これにて擱筆

  • 珍しい動植物

    神島
    神島 / み熊野ねっと

     本郡川添村は、神社合祀の模範とも称すべき大合祀を行い、14の村社を合一して1万余円の基本財産があるつもりで神林を伐り、社田を売ったが、実際に何の風化もなく、わずか2年後の今日、その本社の屋根が漏れても修繕する銭がなく、神主が途方に暮れている。人民は本社へ参りたくても、往復10里を歩かなければならず、まったく無神の状況にある。

    風儀が悪くなり樹林がすべてなくなり、樹陰のある樹林を見ることができず、まったく禿げ山の住居であることは満州辺と同じである。(神林の樹木は、材用のために植林したのではないので、枝は幹の下方から生じ、節が多く、二束三文で何の価値もなく、多くは焚き物にするだけである)

    たとえば今度ご心配をかけた当田辺湾の神島(かしま)のごときも、千古斧を入れていない神林で、湾内へ魚が入って来るのは主としてこの森があるからである。これはすでに大きな財産ではないでしょうか。

    それなのに合祀励行のため、村役場員などはなるべく不精を構え、また利益を私にしようと心がけ、なるべく村役場に近い社は、たとえ由緒のない狐や天狗を祀っている小祠であるとも、これを村社と指定し、由緒があり神林が多い社も、村役場に遠いのを挙げて合祀させ、これを濫伐した後の弊害は、筆舌に尽きません。

     神島のワンジュは、島の一部にだけ生じ、どうしても他へ生じない。ブラジル辺で見るような festoon を形成し、図のように(※図は本で見てください。『南方熊楠コレクション〈5〉森の思想』 (河出文庫) 404頁※)蜿蜒(※えんえん:ヘビなどがうねり行くさま。また、うねうねと長く続くさま※)し、大きなものは幹10インチ以上ある。外国では、耳輪、腕輪などにこのような sea-beans を用いることがおびただしいので、このものを今少し多く繁殖させたならば、なかなかの営利ともなるべきものである。

    それなのに、合祀のためにただ今濫伐されようとし、たとえ濫伐しなくとも、神祠はすでに取り去ったので人はこれをはばからず、種々に枯れ木を取り去るので、かのカレキス・マツムラエ(※キノクニスゲ※)のようなのは、4年前に小生が見出したときは14,5坪の間に瀰漫していたが、今春末に牧野富太郎氏の依頼に応じて行ってみたときはわずかに12株しかなかった。故に1株につき幾分ずつ、その株に傷のつかないようにかき取り、牧野氏へ送ったのだ。この島には元来キセルガイの種類が多かったが、合祀とともに全く絶え果てた。

    ついでながら申す。この島は千古、人が蛇神を恐れて住まなかった所である。自生のセンダンの木があり、また海潮のかかる所に生ずる塩生の苔 scale-moss がある。奇態な島である。

     小生は少しも動物学を知らない。しかし小生のような素人から見ても当国の山林また神林には、まだまだ記載を終えていない動物が多いのだ。ヤマネ dormouse などは、どうしても一種ではない。また当郡の瀬戸鉛山村には、毎年夏末秋から冬にかけて、海から上がって陸に棲み、はなはだしい場合は神森の上に上がるヤドカリがある。小生も前年手に入れ久しく飼っていたことがある。小笠原島産のものに似ている。全身碧紫で、大きく、たいそう美しい。

    また鉛山の温泉場の前岬の岩井に、図のような(※図は本で見てください。『南方熊楠コレクション〈5〉森の思想』 (河出文庫) 405頁※)ヒトデで、足の大小がかけ離れて大きな差があるものがいた。これでは歩行に不便であろうと観察したところ、廻りあるく gyrate である。英国へ持って行き大英博物館の専門家に見せたところ、ニュージーランドの特産であるとのこと。小生の手元に1個今も残してある。欲しい人が入れば進呈しよう。これらも、役人の不注意、人民の勝手気ままのため海中の岩が少しもなくなり、右の温泉へ波が激しいときごとに海潮が打ち入り海が荒くなったため、今は全滅した。

    前日、安堵峰(当熊野第一の難所)へ行ったが、無知の山人の話を聞くと、ハタフリというものがあり、話の様子を聞くと、イモリのようなものに紅い鰓(ギルス)が一生ついていて、動くごとに旗を降るようになると見える。思うに、例のアキソロトルシレンス様のものがこの辺にいるのかと存ぜられます。

     こんなことなので、学者の記載調査も済まさずに、むやみに山林を全伐したり、またたとえ深山に多いものであっても、大学生など限りある日数と限りある費用を持って来て研究するには、なるべく人里に近く薪水の便宜のある所で研究する方が都合良いので、最寄り最寄りの神林などはいささかも調査の済まないうちに伐られないようにしていただきたいことである。(これを伐って実際少しも利益はなく、大きな患いを残すのは前述の通りである。)

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    「南方二書」は『南方熊楠コレクション〈5〉森の思想』 (河出文庫)に所収

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