南方二書(口語訳14)


南方二書(口語訳)

  • 1 那智山濫伐事件
  • 2 証拠品の古文書
  • 3 拾い子谷
  • 4 那智のクラガリ谷
  • 5 植物の全滅
  • 6 闘雞神社の大樟
  • 7 土地固有の珍植物
  • 8 人民への悪影響
  • 9 全国の神社合祀
  • 10 神社は地域の大財産
  • 11 珍しい動植物
  • 12 学問上貴重な神社林
  • 13 西の王子
  • 14 出立王子,三栖中宮,三栖下宮,本宮
  • 15 新宮
  • 16 神道
  • 17 秘密儀
  • 18 火事を消そうとする雉
  • 19 日高郡
  • 20 学術上の材料
  • 21 巧遅より拙速で
  • 22 糸田猿神社,竜神山
  • 23 奇絶峡,小土器
  • 24 古蹟の保存
  • 25 高原,十丈,野中,近露の王子
  • 26 これにて擱筆

  • 出立王子、三栖中宮、三栖下宮、本宮

    熊野本宮大社旧社地・大斎原
    熊野本宮大社旧社地 / み熊野ねっと

     また(2)出立王子は、御存知のように、『後鳥羽院熊野御幸記』に塩垢離(しおごり)をとるとある御旧蹟で塩垢離をおとりになられた岩は今もある。御譲位ののち28回とか熊野へ御幸があり、諸処王子の社にて御歌会を催され、関東討滅の軍議をお催しになられた。ことに、ここで万乗の尊をもって親しく潮を浴び、ご祈請なされたのだ。

    その跡を何の苦もなく破壊し、図〔原本欠図〕のように、きたない貧民の衣服を干させ、また小生の四辺を取り囲める悪少年ら日にここに集まり、下にある民家へ小便をたれこみ、婦女の行水を眺めるなど、悪行醜態言語に絶している。これを潰して何の益もなく、ただ丘上の小学校へ通う道を不恰好に大きく取り広げただけで、四隣の人民の迷惑ははなはだしい。

    さて今も帝徳を慕うあまり、1人も合祀社へ参らず、祭礼を勝手自前に行っている。この一条には平田子爵も閉口し、中村代議士に対して返答できなかった。(小学校へは後鳥羽上皇の尊像を配ったと聞くが、その御遺蹟を悪太郎どもの小便場と化し去るもまたはなはだしい。)何とか御跡へ遥拝所くらいは立てそうなものなのに、今も放置しているのだ。ないよりはましという心得であろうか、この辺に狐を拝する道場が生じ、ただ今大流行りと聞く。

    (3)三栖中宮、(4)三栖下宮である。これは閣下らが三栖を通って御存知の通り、なかなか立派な宮である。熊野街道の風景を添えること、おびただしい。それなのにこれをも例の通り、境内の樹木を伐るため上三栖のより劣った小さな社へ合祀し終わったが、小生の抗議により今までは樹を伐らずにいるのだ。

    この村は千円や二千円の基本財産に困る所ではない。しかしながら何様かが社を滅却して功名にしようと五千円まで基本金を値上げしたゆえ、五千円という金はちょっとできず、止むを得ず合祀したのだ。今日史跡勝景保存会といって、全く古えの風を存せざる飯田町や不忍池畔へ馬琴や季吟の碑や像を立てるよりは、何とぞただ今救えば救うことができるこれらの熊野諸社の林地を保護し、できることなら復社させてやるようご運動くだされたいことである。

    西洋に、林地には必ず礼拝堂があり、また十字架を立てるように、当地方では神威を借りるのでなければ樹林の守護はできがたいのだ。 すでに一昨年、当地の近く新庄という村の小学校が紀念のために児童に、校地に桃の木、桑の木を千本ばかり植えさせたが、1月経たないうちにことごとく全くなくなって終った。またこの田辺の浜へ今年、松の苗を二千株ばかり植えたが、昨今1本もない。

     右は小生が調べ集めている材料のうち100分の1ばかりをご覧にかけました。本宮のごときは、白井光太郎氏も『日本及び日本人』に書いたように、22年の水害で宝物文書が流出し、本社も潰れ、古えを忍ぶものといったら川中の小島(すなわち旧本社の跡)の古樹林だけで、その昔、山また山を越えて参詣しなさった聖帝、また月卿雲客、平重盛、平政子、仁科盛遠、いずれもこの老樹林の下にひざまずき拝したことを思い出して昔を忍んだその老樹を、神官の私宅を立てるためと言って昨年7月までにことごとく伐り倒し、小生らが異議を申し立てても聞き入れないばかりか、野暮なことを言うと嘲笑されました。

    さてその神官は他所の者でどこの馬の骨か知れず、たちまち他へ転任になり、ただ今、小生等は小言を言う相手もなく、狐につままれたようだ。今の本宮に旅順で分捕った大砲などを並べてあるが、こんなものは器械でできる。別に右の神樹老木に比して何の恭敬の念も起さず、石灯籠、手水鉢、古いものはみな捨て去り、新しいものばかりなので、何の史蹟という点は少しもない。

    また友人バーミンガム大学教授ウェストが言う通り、石質によりはなはだしく珍しい藻がある。たとえば妙法山の大手水鉢の中から小生が見つけ出したテトラストルム(1図)のようなのは、確かに新種と存ぜられます。またラチウォフィルム(2図)、セネデスムス・フラヴェッセンス(3図。微小なクラスタセアを擬しているかのようだ)は欧州でも希有のものであるが、当地より4里ばかりにある富田の地蔵前の石手水鉢から見つけ出す。顕花植物中細微の物である Wolffia(4図)の一種を、和歌浦近くの東禅寺の弁天祠前の砂岩手水鉢より見つけ出した(※図については本で見てください。『南方熊楠コレクション〈5〉森の思想』 (河出文庫)414頁※)

    ことに珍しいのは、那智山一の滝下の旧祠堂趾の四角い手水鉢の傍らにある石筧(いしとゆ)は、過半希異の赤色硬藻ヒルデンブランジア・リヴュラリスで、思うに素人が見たら、花砂を含んだ珪石か、またアカシダマ石で筧を作ったかと思われる美観である。神社の手水鉢などは、多くは合祀に伴い放置され、また壊されたものである。

    back next


    「南方二書」は『南方熊楠コレクション〈5〉森の思想』 (河出文庫)に所収




     南方熊楠の主要著作  おすすめ南方熊楠関連本