南方二書(口語訳6)


南方二書(口語訳)

  • 1 那智山濫伐事件
  • 2 証拠品の古文書
  • 3 拾い子谷
  • 4 那智のクラガリ谷
  • 5 植物の全滅
  • 6 闘雞神社の大樟
  • 7 土地固有の珍植物
  • 8 人民への悪影響
  • 9 全国の神社合祀
  • 10 神社は地域の大財産
  • 11 珍しい動植物
  • 12 学問上貴重な神社林
  • 13 西の王子
  • 14 出立王子,三栖中宮,三栖下宮,本宮
  • 15 新宮
  • 16 神道
  • 17 秘密儀
  • 18 火事を消そうとする雉
  • 19 日高郡
  • 20 学術上の材料
  • 21 巧遅より拙速で
  • 22 糸田猿神社,竜神山
  • 23 奇絶峡,小土器
  • 24 古蹟の保存
  • 25 高原,十丈,野中,近露の王子
  • 26 これにて擱筆

  • 闘雞神社の大樟

    熊野本宮大社旧社地・大斎原
    闘雞神社 / み熊野ねっと

     万呂村の天王の社(※現、須佐神社※)には大葉ヤドリキが多く、中には寄宿であるシイノキよりも2倍も長いものがある。いずれも秋末に紫褐色の異様な花を開く。小生は山中でこの木を多少見たが、ここのように年々盛んに花実があるのを見たことがない。

    それなのに、これも俗吏らが無茶苦茶に、神社の威厳を保つには神林を掃除すべしと厳命し、それでなくてさえ落枝や枯葉を盗み焚料としたい愚夫どもは、得たりかしこき官の仰せであるといって神林という神林へことごとく押しかけ、落葉をかき取り、土を減らし、また小さい鋸を持っていき、少々ずつ樹木を挽き傷つけ、秋、枯木となりかかると、たちまち枯損の徴があるといってこれを伐り去るのだ。

    下芳養村の託宣の神社(※よりことのじんじゃ。現大神社※)ははなはだ古い社で、古え人犠を亨していたとして、近年までも「鬢女郎」と名づけ、少女を選び人牲に擬しそなえた、大きなモチノキがあり、はなはだ古いものである。

    その社の四周に吉祥草とタチクラマゴケが密生し、はなはだ美しかった。それなのに、官命といって掃除ばかりするので、今は1本もない。別に惜しむことではないけれども、つまりは件の老大のモチノキを枯らすことになる。

    田辺闘雞権現のクラガリ山の神林もまたなかなかのもので、当県で平地にはちょっと見られない密林である。これも公園公園といって社を見下し、遊宴場を立てるといって樹を枯らし、腐葉土 humus の造成を防いだため、年々枯れて行くのを伐りちらし、このクラガリ山、古来有名な冬虫夏草は、今日はなはだ少なくなった(冬虫夏草は、西インドの guepe vegetale と等しく、上図のような大冬虫夏草を生ずる〔※図は本で見てください。『南方熊楠コレクション〈5〉森の思想』 (河出文庫)391頁※〕。この他、ミミズ、ムカデなどにも、それぞれ別種の冬虫夏草を生ずる)。

    ルリトラオノ、ミヤマウズラ、ツルコウジ、わが海辺の低地には珍しく、このクラガリ山の上にあったが、みな絶滅した。ハマクワガタ、牧野氏の説によると希種とのこと、これも少なくなっていく。300年ばかりの老樟ではなはだ健康なのがあり、およそ紀州の樟樹は古くなると必ず下図のような Ptychogaster の新種を生ずる。

    この新種のプチコガストルは、英国博物館の Smith 嬢に贈ったが、多忙であるといって今だ名を付けていない。何にいたせ、珍しい新種である。名を付けてくれる人が入れば、小生は多量に進上しよう。かの嬢が多忙で命名する暇がないとのことなので、他の人に命名してもらってもかまわない。

    小生は、書籍がいたって座右に少なく、書籍を持って採集すると、いろいろの僻断 prejudice を生じ、田中芳男男爵がいったように書物の方が正しく天然物が間違ったように見えるものなので、書籍なしに片っ端から図を取っている。

    この Pt. は Pt.-aldus Corda と同大同形の胞子があるが、albus の胞子淡黄赤色であるかわりに黄灰色、また albus のは滑面であるのにこれのは刺があり、また条理がある。

    また一種の Peziza を生ずる。それから枯損し始める。しかしながら、この老樟には幾年見ても、そんなものはない。木の枝が盛んに茂っていて、その樹株の下から清水が絶えず下り神池に注ぐ。じつにクラガリ山の名に背かない。

    官有として置いたのを払い下げて伐ろうとする者がいて(その者は小生の妻の一族)、よって前宮司(拙妻の亡父)は神林を枯滅して神威を損ずることを憂い、いかなる事情の下でも伐木しない条件で神林を払い下げ、社有としたのだ。

    それなのに、小生の舅が2年前に死亡した後の神主が、たちまちに世話人と申し合わせ、右の健壮の大樟を枯損木と称して、伐り尽くし根まで掘って売り、神泉は全く滅した。

    小生はこれを知らず、珍らしい健壮大樟の写真を撮り、保勝会長徳川候へ進呈しようと6月末に行ったところ、右の次第なので、大いに呆れ、郡役所へかけあうと、枝の一部に枯損があったため枯損木であるという。それは鳥が巣を作っていたのだ。

    そうしてこの樹を掘り取るといって、わざと乱暴に四方へ当てちらし、他のマキ、モチなどの樹13本を損傷させた。これまた枯損木を作り伐らんがためである。よって強く抗議したところ、郡長は止むを得ず、件の社の社務所から世話人を集めて語る。その最中に発頭人(前郡長であった人)が口からよだれが出て動くことができず、戸板に乗せて宅に帰り、5日ほど樟のことだけを言いちらして狂死する。

    他にもう2本の大樟を枯損木と称し、すでに伐採の許可を得ていたが、小生が見ると少しも枯損の趣はなく、これは残る。また県庁への書き上げには、この社の林に樟木が25本ある、とある。しかしながら、小生がみずから行って見ると、右の3本しかない。すべて地方では今日、このような虚偽ばかりが行なわれている。

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    「南方二書」は『南方熊楠コレクション〈5〉森の思想』 (河出文庫)に所収




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