南方二書(口語訳7)


南方二書(口語訳)

  • 1 那智山濫伐事件
  • 2 証拠品の古文書
  • 3 拾い子谷
  • 4 那智のクラガリ谷
  • 5 植物の全滅
  • 6 闘雞神社の大樟
  • 7 土地固有の珍植物
  • 8 人民への悪影響
  • 9 全国の神社合祀
  • 10 神社は地域の大財産
  • 11 珍しい動植物
  • 12 学問上貴重な神社林
  • 13 西の王子
  • 14 出立王子,三栖中宮,三栖下宮,本宮
  • 15 新宮
  • 16 神道
  • 17 秘密儀
  • 18 火事を消そうとする雉
  • 19 日高郡
  • 20 学術上の材料
  • 21 巧遅より拙速で
  • 22 糸田猿神社,竜神山
  • 23 奇絶峡,小土器
  • 24 古蹟の保存
  • 25 高原,十丈,野中,近露の王子
  • 26 これにて擱筆

  • 土地固有の珍植物

     また公園公園とむやみに神林を切り開き、裸にし、博愛場または密淫処を作る例が多い。この熱地で山を裸にすることなので、熱さがはなはだしく公園としたところが他所より人が来るわけでもなく、村民は樹林がなくなると神威が薄くなり、敬神の念がいよいよ少なくなるのだ。

    ハガキにて申し上げたホルトノキ、ミズキ、クマノミズキ、オガタマノキ、カラスノサンショウの大木、1、2丈(※1丈は約3.33m※)のもの、自生のタラヨウ1丈余りのものなどは、何の用もないものなので、わずかに神社の森を asylum として頼って今日まで生きていたのだ。それが突然はなはだ少なくなってくのはこれのためである。

    ホルトノキは、小生だけでなく当地方で久しく顕花植物を集める人に聞いても、どんなものか知らない。近古まで多かったのは、この辺で蘭法医がポルトガルの油といってオレーフ油の代わりに、この木から油を多くとったという記録があるので知られる。ようやく3本を見出したが、1本はたちまち移し去られ、生死知れず、1本は例の神林清潔法のため枯死、1本あるが道路傍にあるので今は言うまでもなく伐られてしまったのであろう。

    跡浦(あとのうら)という村に、山田の神社といって山田の大蛇を祭る古社がある。毎年、祭に大蛇の形を担いで歩いた、はなはだ景勝の地である。社殿の傍にただ1本のバクチの木を見出す。ただ今花も実もある。また伊勢大神宮などで古式に火をきり出すのに用いたというヤマビワの木がある。この社も廃社となり樹木を伐られるところであったが、これを伐ると、この大字(おおあざ)中にここにしかない飲用水の大清泉、1丈四方ほどのものが濁り涸れるのだ。その由を申し立てさせ、今だ伐らずにある。しかし神が廃せられたので、早晩件の木は亡び、当国に花実のあるこれらの木は見ることができなくなるであろう。

     バクチの木を、古え当国から1本加賀金沢へ持って行って植えた人があり、花が咲くという。栗山昇平といって熱心な植物学好きの人、広島幼年学校教師であるが、当地方で古えこの木を産したと聞き、いろいろ探すが1本もない。宇井縫蔵という人がわずかに1本見出す。それも神社合祀のため、今はない。次に神島で多く見出したが、老木がないため、花実がない。止むを得ず花実を見るために金沢へ旅行したことがある。

    さて、小生と伴い、右の跡浦で1本初めて花実があるのを見出した。すなわち地方合祀励行のため、土地固有の珍植物が花実あるものが全く亡んで、他州へ行ってわずかに見ることができるということになったのだ。

     西牟婁郡周参見浦稲積島は、樹木鬱蒼として、蚊やブトが多く、とても写真を撮ることもできないほど樹木の多い小島である。神島と等しく、この島神ははなはだ樹を惜しむと唱えて、誰も4時以後に留まる者はなく、また草木をとらない。小生もこの島固有の名産タニワタリ(『植物名彙』にタニワタシ Asplenium Nidus L.)1本を取りにやったが、杉の幼木を1本買い、代わりに植えて返したのだ。珍木アコウノキもある。習慣として古来タニワタリを少々とるときは、必ず同数の幼木を植えさせた。

    それなのに例の合祀のため、この島が周参見の汽船が着く所に近いのを便利として、このごろは大坂から植木屋が多く入りこみ、何のわけもなくおびただしく引きぬき去るとのこと。神社を置けば、例の草木鳥獣採るを禁ずる制札の権利があるから、制限自在であるが、神社がないため悪行勝手次第である。

     御承知の古座浦黒島も、この稲積と並んでタニワタリの名所である。小生は8年前に行き、同島の植物を片っ端から採ったが、そのころは1本もなく、高芝(たかしば)、下里(しもさと)などいう村の旅宿などに植えたものが多少あるだけであった。去年、児玉親輔君が行ったときは多少黒島にあったと聞く。しかし、とてもこのようにしきりに採集が行なわれては、葉の長さ2尺にも及ぶ大きなものはないだろうと存じます。

    那智のシュウカイドウもまたこの例で、一の滝付近に他に7、8年前までは1、2本ずつあったが、7年前にただ1本を見る。その1本は小生がこれを採り保存する。さてその後は1本もない。もし今あれば、それは寺院などに植えた品が復原して野生となったものであろう。野生は人家に植えるものに比べてはなはだ大きく、またことに多汁である。花の数は少なく、かつ美しくない。

    那智には寺院が多かったので、アヤメ、セリバオウレン、キリシマ、ハクチョウゲ、イワフジ、シジミバナ、また芭蕉も野生することがある。古老に聞くと、いずれも今は野であるが、むかし寺院の庭であったのだ。

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    「南方二書」は『南方熊楠コレクション〈5〉森の思想』 (河出文庫)に所収




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