岡の田中神社をツブしちゃ困る—南方先生の談話—(原文)

 ※本ページは広告による収益を得ています。

南方熊楠の随筆(現代語訳)

  • 紀州俗伝
  • 山の神に就いて
  • 山神オコゼ魚を好むと云う事
  • ひだる神
  • 河童に就いて
  • 熊野の天狗談に就いて
  • 紀州の民間療法記
  • 本邦に於ける動物崇拝
  • 岡の田中神社をツブしちゃ困る—南方先生の談話—(原文)

     

    田中神社
    田中神社 / み熊野ねっと

    (※熊楠の談話を牟婁新報の記者がまとめたもの)

    ▼さて、さる十日の夜、南方先生来社。談話の要旨にいわく「岡往来は熊野古道であって、古え帝王の車駕を迎うること幾百回なるを知らず。今に御車坂のあるを見ても盛んな古えの熊野がしのばるるでないか。ことに同村岡川の八幡神林のごときは本邦希有の天然林である。山というてもホンの丘である。平地の自然林でコンナのは実に珍重すべきである。同村岡の田中神社のごときも、古代暦学上の記念物かとも思わるるほどのもので、コンナことは素人に話しても分らぬが、大切に保存せねばならぬ地区である。

     この神社林にはミサオノ木がある。これは熱帯地方では木となり、温帯地方では草となる。前年、宇井氏の発見にかかり、よほどの珍植物である。琉球、九州、土佐にもあるが、この木の変体はここで始めて発見したものである。

     本郷草、これは伊勢の本郷で発見したのだが、わが輩、これを前年那智で発見した。この類はナポレオンの流されたセントヘレナ島や印度洋中のモーリシュスにもあるが、本邦ではここのなどは大に珍重すべきである。去年宇井氏またここで植松草を発見した。四年前、植松某、土佐にて発見し、牧野富太郎氏これを植松草と命名せしも、予は数年前、これを那智にて発見し、大学に送りしに大学はこれを本郷草となせしも、これは植松草と同種であった。

     那智の植松草は伐木のため絶滅せしも、ここのは今なお健在である。元来、寄生植物は取ればスグ枯れ、移植は出来ぬからその地で大切に保護するのほかない。したがって、その地点が学術上大切なのである。

     その他サンゴ蘭、マヤ蘭、無葉蘭等珍重すべき植物がたくさんあるのである。この外にもいろいろあるが、素人に話してもかえって割になることがあるから、詳しくは言わぬが、ホーキ茸のごとき、シロシャクジョウのごときも珍品である。ホーキ茸は藻と一処に組合せになって生ずるのだが、これも一種しかなかったのが、予の発見によって二種になったのである。

     専門学上のことをかれこれ話しても所詮はないが、近来岡川や田中神社の神林を伐採するという話がある。伐られては学問上大損害を受けるわけじゃから、ドウかそのような無知なことはぜひ思い止まって貰いたい。云々。

    ▼記者いわく、本件については南方先生の寄稿があるべき筈ながら、本号の編集の間に合わなかったから、記者の聞き覚えを覚束なくもここに記す。文責元より記者にあり。

    大正5年(1916年)1月13日『牟婁新報』


    「岡の田中神社をツブしちゃ困る—南方先生の談話—」は、 中瀬喜陽『覚書 南方熊楠(八坂書房)に所収。

    Copyright © Mikumano Net. All Rights Reserved.