周参見から贈られた植物について


周参見から贈られた植物について(原文)

ギンリョウソウ

 五月二十一日、周参見の中村専輔氏から、同村山村守助氏が見出だした奇植物というを贈られ、添状に、多人打ち寄り評定したが何とも分からず、たぶん苔の花が咲いたのであろうと一決した、とあった。そのいわゆる奇植物は、一見春蘭(俗名ジイサンバアサン)の花のようで、莖に多少の鱗片あり。春蘭のような長い葉もなければ、緑色な処は少しもなく、全体白色で美(うるわ)しく光沢あり。長(たけ)四、五寸あって同根より叢(むらが)り生ず。これは密林の樹陰にあるものゆえ、ちょっと人の眼に付かぬが、実は素人が想うほど少なくない。当町付近でも、闘鶏社高山寺、それから例の稲成山神林奇絶峡、スクマ谷等の椎、樫等の下に、初夏しばしば生ずる。

 本草家の説に、支那書『物理小識』に載せた水晶蘭すなわちこれで、邦名はギンリョウソウ、ユウレイソウ、ユウレイタケ。それから『斐太後風土記』には、花葉茎共に純白、その光沢氷のごとくなれば氷草と呼ぶ、盛夏盆栽にして賞翫すべし、されど数日は保ち難しとある。学名モノトロパ・ユニフロラで、欧州、米国にも産し、植物解剖の初歩を学ぶに胚珠等の顕微鏡試験をするにしばしば用いられる。学名モノトロパ・ヒポピチス、邦名シャクジョウバナというはこれと同属で熟(よ)く似おるが、色黄を帯び一茎に花数箇着き、このユウレイタケの一茎一花なるに異なり。ちょうど秋蘭は一茎数花にして、春蘭は一茎ただ一花なるがごとし。シャクジョウバナは、那智その他比較的高山の産だが、英国などには海岸にも生じ、当地方でも稲成村ごとき海辺の森にある。これはユウレイタケよりは少ない。いずれも石南(しゃくなげ)科(ツツジ、サツキ、アセボ等これに属す)に近い水晶蘭科のもので、水晶蘭科の植物はみなこの通り緑色な所は少しもなく、葉が鱗片(うろこ)となりて茎に付きおり、その他に尋常(なみ)の植物の葉らしい物を生ぜぬ。米国ロッキー山で積雪中に咲く雪植物(スノウプラント)というもこの科のもので、長(たけ)一尺五寸ほどで全体鮮紅すこぶる美観だが、ユウレイタケと同じくたちまち生じたちまち消え、移し栽えることがならぬから、酒精浸(アルコールづけ)にして保存する外なし。

 この水晶蘭科の一類は、花実等の構造から案ずると、もと石南科に近い鹿蹄草(いちやくそう)族のものが変成したらしく、その変成の主なる源因は、その生活の方法にある。すなわちもと葉緑素を具えた緑色の葉が日光に触れて空気から炭酸を取り自活しおった奴が、腐土(フムス)とて木や落葉が腐って土になりかかった中に生じ、いわゆる腐生生活を営むに至ったから、自活に必要な葉緑素を要せず、葉は緑色を失うて鱗片に萎縮退化し了(しま)うたのだ。その根を顕微鏡で見ると、微細な菌類と連合しおり、その菌類が腐土から滋養分を取って水晶蘭を養うのだ。カリフォルニアに限りて産するレンノアという植物は、ただ一種で一属を立て、レンノア科という一科を建ておる。これははなはだ水晶蘭科に似おれど、蔓を延ばし他の物に巻き付き、またその根が腐土に生ぜず、微細菌に養われず、自分で他の植物の根に付き、その滋養分を吸い取る。すなわち腐生でなくて寄生生活を営む。誰も知る通り、寄生や腐生して自活を営み能わぬ動植物は、生活がまことに見込み確かならず、したがって種子を非常に多く生む。他人の懐中で自分が旨い暮しをするとはまこと旨過ぎた話で、果たして中(あた)れば旨いが、ちょっと中り難(にく)い。したがって無数に多く種を残し置かば、一つくらいは親同然に旨う中るであろうという算段だ。

 絛虫(さなだむし)など、俗にその頭という留針はどの所がその中の本体で、その後へズルズル長く続いて着いたサナダ紐ごとき奴はみなその卵巣で、一筋ごとに実に数百万の卵を蔵めある。その卵が雪隠に落ちて畠に澆がれ、発生して菜の葉に入り、羊に食われ、その羊肉を犬が食い、また糞になって出で、それがまた菜葉に入り、それを牛が食い、さて牛肉から人体に入るという風に、おびただしく経過の後始めて卒業して大発達をする。そかしかくのごとき経過を遂げ得る見込みはほとんどないから、数百万も卵を準備せば、その中の僅数がようやく合格し得るという算段だ。そのごとく多くの蘭類やこの水晶蘭などは、なかなか拾好な菌類と連合して、それに養われるという幸運な目にちょっと逢い難いから、なるべく多く種子を生んで一つでも旨く物になるを庶幾(しょき)する。したがって蘭や水晶蘭の種子は、他の近類の種子に比して、その数はるかに多く、またなるべく諸方へ撒き布(し)くべきために身軽くできおる。

 件のユウレイタケの現品は、拙方へ置いても数日も保たぬから、なるべく衆人に示すため近処の理髪店植坂久米吉氏方へ寄贈し、すなわち同店の鏡の前に鉢裁のまま列べあるゆえ、好事家(ものずき)は就いて一覧なされ。もっとも同店へ日々集まる連中に篤実な人は少なく、すでに昨日と窃(そっ)と往って何を言うかと聞いておると、ある人来たり、これは妙な物じゃ何でム(ござ)りますと問うと、一人、「これは芸者蘭といって、インドのチンポウ博士という豪傑から南方先生へ贈って来ました。何でもお釈迦様が発見なさって、この花を一つ貰い守りにして歩くと、芸妓連が自花(じばな)を付けて野の末山の奥までもコチャ厭やせぬと、呻(うな)りながら付いて来るそうです。それから、このほどまでそれそこの小幡様方に和歌山産れの幽霊と綽名する、真白で少しも日に焼けぬ素的な看護婦が居やしたろう、あれがすなわちこのユウレイ タケの精が人に化けたのです」などと出任せに言うもあり。

また、この草の本名ギンリョウソウと聞いて、「ナニ、金竜が梅毒(かさ)で死んでこんな物に転生(うまれかわ)ったのか。可愛いそうに壷天斎にずいぶん長くいたうち、末は夫婦と思い込んだのは憚りながら僕一人であった」と言う。傍より、いかにも思い込んだのは君一人で、彼妓(あちら)一人は舌を出しておった。「サア、これが罰が中(あた)って、この草に化けて金竜草と異名を付けられたのじゃ」と打ち返す。トドのつまりは、このユウレイタケを花屋か俵屋へ持って往って、これを拝んだ妓(こ)は一生日に焼けぬと言ったら、一時間くらいは飲まし呉れるであろう、ということであった。何に致せ、木戸銭は入らぬから見に往って損にならぬ。南方様が見て来いと言いなはれ。

(大正六年五月二十四日『牟婁新報』)


「古社の滅却」は『南方熊楠全集6』所収。




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