夏目漱石


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  • 夏目漱石(なつめ そうせき)

     夏目漱石(1867〜1916)。日本の小説家、評論家、英文学者。
     明治・大正時代の文豪。

     代表作は「「吾輩は猫である」「坊つちやん」「こゝろ」など。

     南方熊楠(1867〜1941)と同い年で東京大学では同期生でしたが、交流はなかったようです。

     1900年、熊楠が経済的な理由からロンドン滞在を断念し帰国の途についたのと入れ違いに、夏目漱石は文部省の命令でロンドンに留学。インド洋上で二人の乗る船はすれ違いました。
     しかし、漱石のロンドンでの生活は惨憺たるものであったようで、神経衰弱に陥り、文部省から帰国を命じられ、1903年に帰国。

     漱石は人種差別に傷ついたようですが、もし熊楠と同時期にロンドンに滞在し、熊楠と友人になれていたら、漱石の人生もまた違ったものになっていたかもしれません。熊楠はイギリス人ともやり合っていますからね。



    夏目漱石

    南方熊楠の手紙:履歴書(口語訳11)
    先年、遠州に『方丈記』の専門家がいた。その異本写本はもとより、いかなる断紙でも『方丈記』に関するものはみな集めていた。この人が小生に書を送って件の『亜細亜協会雑誌』に出ている『方丈記』は夏目漱石の訳と聞くが、やはり小生らの訳であるのかと問われる。よって小生とディキンズの訳であることを明答し、万国袖珍文庫の寸法から出版年記、出版会社の名を答えておいた。またこの人の手により出たのであろうか、『日本及日本人』に漱石の伝記を書いて、漱石が訳した『方丈記』はロンドンの『亜細亜協会雑誌』に出た、とあった。大正11年1月小生上京中、政教社の三田村鳶魚(えんぎょ)氏が来訪されたおり、現物を見せて誤まりを正した。大毎社へ聞き合わせたところ、漱石の訳本は未刊で、氏が死するとき筐底に留めてあった、と。小生は決して漱石氏が生前にこのような法螺を吹いたとは思わないけれども、我が邦人が今少し海外における邦人の動作に注意されたいことである。


    夏目漱石の本





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