山神オコゼ魚を好むと云う事(現代語訳4)

山神オコゼ魚を好むと云う事(現代語訳)

  • 1 オコゼ
  • 2 山の神
  • 3 オコゼに恋した山の神
  • 4 山の神とオコゼ

  • 山の神とオコゼ

     

    狼
    Wolf profile / Tambako the Jaguar

     このようなところへ獺(かわうそ)が駆け参り、たそやは、山の神が泣くのは、いかにもして、神の事しろしめしたりしかじかの事侍べり、文ひとつ遣し侍べらんに、届けてくださいという。

    かわうそは聞いて「そのおこぜはきわめて見目が悪いです。眼が大きくて骨が高く、口が広く色が赤い。さすがに山の神などのうれし(かれら?)に恋をなさるとは、よその聞えもみっともない」と申すと、山の神は「いや〔否〕とよ、女の目にはすずをはれということがある。目の大きなのは美女の相である。骨が高いのはまた貴人の相である。口が広いのは知恵の賢い印である。いづくにもけぢめなき姫なので、誰がご覧になっても、心をかけないといふことないだろう。さや(左様?)に悪く取沙汰するのは、世のならいである」といって、思い入れている有り様。

    まことに縁があれば、いぐち〔兎唇〕もえくぼに見えるものだと、おかしさはかぎりない。ならば御文をお書きなさい。伝えて参りましょうというと、山の神はよろこびながら、文を書こうとするけれども紙はない。木の皮を引きむしって、思いのほどを書いた。

    あまりに耐えかねて、御恥ずかしながら一筆参らせ候。いつぞや浜辺に立ち出て、春の眺めに海面を見申し上げた節は、波の上にお浮き上がりになって、和琴をかき鳴らし、歌をうたわれていた御姿は、花ならば梅桜、たおやかにして、柳の糸の風に乱れるたとえにも、なおあきたらず、 思い参らせ候。我身は深山の埋もれ木の、朽ち果てていこうにも、力がない。思いの末が残ったならば、君の身の上いかにせん、せめて手ふれし印として、御返事くだされば、御うれしく参らせ候、

    と書いて奥に、

    かながしら、めばるのをよぐ、波のうへ、
    みるにつけても、おこぜ恋しき、

    と詠んで獺に渡した。まことに山の方奥深く住んでいるものなので、文の言葉もいっそうふつつかで、さるか可(かた? また歌?)のきたなげさよと(そ?)、かわうそも心には思ったらしい。

     かくて獺は、いとどはなうそやき(ぶき?)つゝ、浜辺に立ち出て、海の底につぶつぶと泳いで、おこぜの姫に対面して、しかじかと語ったところ、おこぜはこれを聞いて、思いもよらない御事であることよといって、手にも文を取らなかった。

      獺は「ああつれない御事よ、藻に住む虫のわれからと、ぬらす袂のその下にも、情けは世に住む身の上に、なくてはいかになら〔楢〕柴の、かりの宿りの契りさえ、思いをはらす習いであるぞ。ましてやこれは常ならぬ、後は契りの底深く、恋に沈んだその心を、どうして何もないように過ごしなさるのか。塩を焼く海士(あま)の煙さえ、思わぬ方になびくだろう。春の青柳は風が吹くと必ずなびく枝ごとに。みだれ心のあわれさを、少しはお思いになってください」など、さまざまに申したところ、おこぜはつくづくとうち聞いて、さすがに岩木ではないので、御恥ずかしくございますがといって、

    おぼしめしよりたる水茎の末、御心のほどもあわれに思い申し上げますが、ただかりそめのうわべばかりに、空なさけをおかけられまになって、秋の葉の枯れ枯れに離れ離れになりました時はなかなか、後には真葛が原に風が騒いで、恨みますのもいかがかということを御入侯。 とかくそのようでありますので、思いをお捨てになってくださいませ。会っていない昔こそはるかのましにて、今の思いに比べればと申す言葉も、御入侯ぞや。まことにこのように思い入れくださると、我身は青柳の糸、君は春風なので、御入侯はんと思いおきくださいませ。

    と書いて、

    おもひあらば、たま藻の影に、ねもしなん、
    ひしきものには、波をしつゝも、

    とうち詠じて(熊楠いう、「ヒジキ」藻を敷物に言い懸けているのだ)、獺に渡したので、よろこんで立ち帰り、山の神に見せたところ、うれし泣きに涙をこぼして、返事をひらき、読んでみれば、我身は青柳の糸、君は春風とお書きになったのは、なびきましょうという事であろう。そうであるならば今宵おこぜの御元へ参上しよう、とて〔迚〕もの御事に道しるべしてくださいという。たやすい御事である。御供申し上げようという。

    このようなところに蛸の入道がこの由を伝え聞いて、「さても無念のことだな。それがしはおこぜのもとへ度々文を遣わしたが、手にさえも取らず、投げ返したのに、山の神の送った文に返事したのは、心穏やかでない。法師の身なのでとかくあなどって、いかやうにやいたすらん。烏賊の入道はいないか。押し寄せてそのおこぜをふみころせ」とののしった。

     烏賊の入道は承り、「同じく御一門を召し集めて、押し寄せください」と申したので、そうしようといって、蘆蛸(足長蛸?)、手なが章魚、蛛螵(蛸?)、飯蛸、あおり烏賊、筒烏賊にいたるまで、使いをたてて召し寄せ、早く押し寄せようと騒ぎ立てた。

     おこぜはこの由を聞き伝え、このままここにいるよりは、山の奥にでも隠れたいものだと思いながら、波の上に浮き上がり、あかめばる、あかう、かながしらを伴って、山の奥に分け入ったので、ちょうどそのとき、山の神がかわうそを伴って、浜べら能遣(の去る?)所にいまして、はったと行き逢った。

    山の神はあまりのうれしさにうろたえて、おはせて、山々にわおこたりし(?)、山の奥は海の上、川うそをおこせけりと(?)、らちもないことどもを言い散らし、それよりうち連れて、己が住家に急場(?)に帰えり、連理(※れんり:夫婦・男女の間の深い契りをたとえていう言葉※)の語らいをしたと聞こえた。

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    「山神オコゼ魚を好むと云う事」は『南方随筆』(沖積舎) に所収。『南方熊楠コレクション〈第2巻〉南方民俗学』 (河出文庫) にも。




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