浄愛と不浄愛,粘菌の生態,幻像,その他(現代語訳10)

浄愛と不浄愛,粘菌の生態,幻像,その他(現代語訳)

  • 1 浄愛と不浄愛
  • 2 上婚下婚
  • 3 男色
  • 4 宦者
  • 5 妹尾官林で山ごもり
  • 6 川又官林へ
  • 7 二人の美少年
  • 8 美少年との別れ
  • 9 変態心理
  • 10 二人の美少年の妹ら
  • 11 粘菌と涅槃経
  • 12 相似
  • 13 美少年の妹ら
  • 14 美人王子
  • 15 粘菌学進講の前に
  • 16 わが思いの貴婦の一念
  • 17 浄の男道
  • 18 その世の人となる
  • 19 複姓
  • 20 粘菌学進講の後に
  • 21 幻像
  • 22 友愛

  • 二人の美少年の妹ら



     かの兄弟の母は多くの子供を死なせ失った後も第四男とともに生存し、一度小生に会ってなぜこのような禍難がふりかかったのかを尋ねたいなどと言っていたとのことだが、ちょうどそのころ小生は田辺町へ移って来て、政府の神社合祀励行をもって、伯禽のいわゆる、のち簒弑の臣あらん(※?※)、ほんとうにこれほど危うい政策はないと思い、種々と反対運動をなしていたため、またかの村に行くことができないうちに、彼らの母も物故したと聞き、しばらくかの一家のことは念頭に置かなかった。

    しかしながら、田辺の宅にいて炭部屋の内に顕微鏡を置き、昼も夜も標本を調査している間のとある日に妻が当時3歳になる娘を伴い牛肉を買いに出て帰ってきてからの話に、この宅の近所の米国女宣教師の宅に18,9のまことに紅顔のおとなしい美人がいて、毎日近町の醤油屋の隠居に生け花を習いに行く。どんな家の娘であろうと思っていたところ、ただ今肉を買って帰る途中で私達に追いつき、娘に煎餅を1袋くれたから、貴娘は何の縁があってと問うと、日高郡塩屋浦の羽山家の出で、兄たちが自分が生まれない前にいろいろと先生のお世話になったが、不幸にして逝世したと話されたとのこと。そう聞けばまことにかの兄たちにどこか似ている。

    そこで面会していろいろ聞くと、その他の兄弟も死に失せ、第四男が家を継いで今もいるとのこと。それからその第四男に文通して、旧家のことゆえいろいろと珍籍を多く所蔵する
    ので、それを借り受け写したりした。そのような年があった。

     今年、妹尾官林に75日立て籠り氷雪の疲労がはなはだしかったため、もう2里ほど平地を歩けばそこから自動車に乗ってその夜の8,9時に自宅に帰ることができるところを、さらに韓尾越え(からおごえ)の高嶺を夜中幾度も谷へ落ちかかるところを手にした傘で踏みとどまりこらえて山を越え歩いたのは、ひとつは24年前に見つけた珍植物をつきとめたく、それよりも主として44年ぶりに北塩屋のかの家の跡を見たくてのことである。

    よって出立の10日も以前からしばしば、かの家といったところが第四男は前年精神病を煩ったと聞くからただ今のこともわからず、それより小生が渡米告別に行き一泊した翌朝早く生まれた女児(件の煎餅をくれた女の姉)が、今は御坊町から南部町までの間で第一の豪家に嫁ぎ、指を屈すれば45歳の主婦となり、5人まで子を設けていると聞き、その家へ交渉しておいたのだ。

    川又官林より北塩屋まではわずか7,8里であるが、この辺を往復する自動車は(日に2度とか)いかさま物の拾い集めで、道路はまた間に合わせのいい加減なものなので、ただ道を踏み違えないのを便宜と乗っているだけで、パンクとか何とか故障が続出して朝9時に乗ったものが、7,8里(1里は約4km)の道を4時間以上かかり、午後1時過ぎにやっと塩屋に近づき、久しぶりに梅が見える。このようにしてむかし見慣れた美人王子の小丘の下を過ぎて本村の大道を走らす。

    44年も前に見た物は何ひとつ見つからず、花魁が長丁場の遊客をせき立てるようにまだかまだかと思ううち、山田という宿札が見えたから、車を停めさせ飛び降りてその家の入口に立つと、30ばかりの若主人が怪訝な顔をする。するも道理、鳥の声さえ聞かない深林に70余日も粗食寒居のあまり、口ひげあごひげがぼうぼうで眼と鼻の他はすっかり埋もれ、衣服は昨夜の氷雪でびしょ濡れ、芝居でする定九郎が与一兵衛の歳まで生き延びたものとしか見えないのだ。

    何の歓迎もされないから手持ち無沙汰で立つところへ、20歳ばかりの青年が走って来て、こちらへと乞うてもと来た方へ引き返すから聞いてみると、今立った家は同じ山田ながら分家で、羽山の長女が嫁いでいる本家はそれよりも半町(1町は約109m)ほど手前で、もっと大きな家である。

    よってそこまで行くと、45歳といいながら35,6歳に見える美しく澄んだ目もと、前歯を金で填め、まことに愛嬌のある中柄の主婦が入口に待っていて、これが44年前に一泊した翌朝に生まれた女の子だと問わずにしてわかった。先立つものは涙とはよく言ったもので、その主婦は言葉を発せず家内を案内し、昨夜氷雪で踏み固まった針金入りの草履をぬがせ、これは一代祀っておこうといってとり片付ける。

    それから奥座敷へ上がって見回すと、むかし山田の庄とこの辺をいい、その山田の庄屋であった山田家で(『紀伊続風土記』にも出ている)、もと多くの漁夫を使ったとき、大漁事があるごとに数十人、百人に急いで炊き出しした大釜を多く並べた広い部屋がある。そこの構えは田辺町などでは見られない。主人は文才もある人で、なかなか話せる、この辺きってのいわゆる旦那衆である。

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    「浄愛と不浄愛,粘菌の生態,幻像,その他」は『南方熊楠コレクション〈第3巻〉浄のセクソロジー (河出文庫)に所収

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