鶏に関する伝説(その21)

鶏に関する伝説インデックス

  • 概説

  • (4の6)

     欧州で中古盛んに読まれた教訓書『ゲスタ・ロマノルム』一三九譚に、アレキサンダー王大軍を率いある城を囲むに、将士多くきずこうむらずに死す。王怪しんで学者を集め問うに、皆いわく、これ驚くに足らず。この城壁上に一のバシリスクあり、この物にらめば疫毒あって兵士を殺すと答う。王どうしてこれを防ぐべきと尋ねると、王の軍勢と彼の居る壁との間の高い所に鏡を立てよ。バシリスクの眼力鏡より反射して彼自身を殺すはずという。由ってかくしてこれを平らげたと見ゆ。

    バシリスク一名コッカトリセは、蛇また蟾蜍ひきが雄鶏が産んだ卵を伏せかえして生じ、蛇形で翼と脚あり、鶏冠をいただくとも、八足または十二足を具え、かぎごとく曲ったくちばしありとも、また単に白点を頂にせる蛇王だともいう。雄鶏が卵を生む例はたまたまあって余も一つ持ち居る。つまり蛇や蟾蜍の毒気を雄鶏の生んだ卵が感受して、この大毒物を成すと信じたので、やや似た例は支那説に雉と蛇が交わりておおはまぐりを生む。

    蛇に似て大きく、腰以下のうろこことごとく逆生す。能く気を吐いて楼台を成す。高鳥、飛び疲れ、いてやすみに来るを吸い食う。いわゆる蜃楼しんろうだという。一説に正月に、蛇、雉と交わり生んだ卵が雷に逢うと、数丈深く土に入って蛇形となり、二、三百年経て能く飛び昇る。卵、土に入らずば、ただ雉となると(『淵鑑類函』四三八、『本草綱目』四三)、サー・トマス・ブラウン説に、古エジプトの俗信に、桃花鳥ときは蛇を常食とするため、時々卵に異状を起し、蛇状の子を生む。因って土人はつとめてその卵を破り、また卵を伏せるを許さずと。ヒエロム尊者説に、これは古エジプト人が崇拝した桃花鳥でなく、やや悪性の黒桃花鳥だと。

     さて、バシリスクが諸動物および人を睨めば、その毒に中って死せざる者なく、諸植物もことごとくしぼみ枯る。ただ雄鶏をおそれその声を聞けば、たちまち死す。故にこの物棲むてふ地を旅する者、必ず雄鶏を携えた。いたち芸香るうだもまたその害を受けず。鼬これと闘うて咬まれたら芸香を以てその毒を治し、また闘うてこれをたおす。古人これをった唯一の法は、毎人鏡を持ちて立ち向うに、バシリスクの眼毒が鏡のためにその身に返り、自業自得でやにわにたおれたのだ。

    一説にこの物まず人を睨めば、人死すれど、人がまずこの物を見れば害を受けずと。さればドライデンの詩にも「禍難はコッカトリセの眼に異ならず、禍難まず見れば人死に、人まず見れば禍難亡ぶ」とよんだ(ブラウンの『俗説弁惑』ボーンス文庫本一巻七章および註。『大英百科全書』十一板六巻六二二頁。ハズリット『諸信および俚俗』一巻一三二頁)。一八七〇年板、スコッファーンの、『科学俚伝落葉集』三四二頁已下に、バシリスク譚は随分古く、『聖書』既にその前を記し、ギリシア・ローマの人々はこれを蛇中の王で、一たびうそぶけば諸蛇い去るというた。中世に及んで多少鶏に似たものとなりしが、なお蛇王の質を失わで冠を戴くとされた。

    最後には劇毒ある蟾蜍ひきの一種と変った。初めはアフリカの炎天下にんで他の諸動物を睨み殺し、淋しき沙漠を独占すといわれたが、後には、井や、鉱穴や、墓下におり、たまたま入り来る人畜を睨み殪すと信ぜられた。すべて人間は全くのうそはなく、インドのモンネース獣は帽蛇コブラと闘うに、ある草を以てその毒を制し、これを殺すという。それから鼬が芸香るうだを以てバシリスクを平らげるといい出したのだ。また深い穴にいつも毒ガスちいて入り来る人を殺す。それを不思議がる余り、バシリスクの所為と信じたのだと説いたは道理ありというべし。一八六五年板、シーフィールドの『夢の文献および奇事』二巻附録夢占字典にいわく、女がバシリスクを産むと男が夢みればその男に不吉だが、女がかかる夢を見れば大吉で、その女富み栄え衆人に愛されすところ成就せざるなしと。

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    「鶏に関する伝説」は『十二支考〈下〉』 (岩波文庫)に所収

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