苻堅

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  • 苻堅(ふけん)

    苻堅(338年〜385年)は、中国の前秦の第3代皇帝(在位:357年 - 385年)。王猛を宰相とし、前秦の内政の充実させ、中国北部の統一。さらに中国全土の統一を目論みましたが、王猛が急死。
    それでも中国統一を目指し、軍を南下させたところを東晋軍に淝水の戦いで大敗、勢力を弱めます。
    その後、国内で謀反が起こり、殺害されました。享年48。



    苻堅

    南方熊楠の手紙:履歴書(現代語訳35)
    秦の王猛はどてらを着て桓温を訪ねたところ、桓温は勝ち戦の勢いに乗じてこれを見下し、関中の豪傑は誰かと問うたという。じつは関中にも支那中にも王猛ほどの人物はなかったが、見下して挨拶が悪かったから帝王を補佐する才を空しく抱いて何の答えもせずに去って苻堅に就き秦を強大にした。

    南方熊楠の随筆:十二支考 虎に関する史話と伝説民俗(その6)
    熊楠おもうに昔※(「月+彡」、第4水準2-85-17)しゅゆう隠居して仕えず、閻負涼えんぶりょうに使し※(「月+彡」、第4水準2-85-17)を以て王猛に比し並称す。秦主苻堅ふけん猛を侍中とせし時猛※(「月+彡」、第4水準2-85-17)に譲れり、のち猛死し堅南晋にこうせんとす、苻融石越等皆いさめしも※(「月+彡」、第4水準2-85-17)独りこれを賛し、にわかに※(「さんずい+肥」、第3水準1-86-85)水の敗を致し以て亡国に至れり、これあに景略(王猛の字)のひつならんや、処士虚声を盗む何代なんのよか人なからんと王阮亭は言った(『池北偶談』巻二)。


    南方熊楠の随筆:十二支考 蛇に関する民俗と伝説(その41)
    ここにいえる、邪視の字が出おる『普賢行願品』は、唐の徳宗の貞元中、醴泉寺れいせんじの僧般若が訳し、悪眼の字が出おる『増一阿含』は、東晋時代に苻堅に礼接された曇摩難提が訳した。故にふたつながら昨今始まった語でなく、悪眼は今よりおよそ千五百四十年前、邪視は今よりおよそ千百三十年前既にあったと知らる(『高僧伝』巻一、『宋高僧伝』巻三)。


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