蛇に関する民俗と伝説(その14)

蛇に関する民俗と伝説インデックス

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  • 蛇の効用
  • (付)邪視について
  • (付)邪視という語が早く用いられた一例

  • (蛇と方術4)

     南欧や北アフリカからペルシア、インドに、今もこの迷信甚だ行われ、にくみさぐるどころか賞めてなりとも、人の顔を見ると非常に機嫌を損じ、時に大騒動に及ぶ事あり。故に邪視を惧るる者、ことさらに悪衣を着、顔をよごあざを作りなどして、なるべく人に注視されぬようにし、あるいは男女の陰像をびて、まず前方の眼力をその方に注ぎ弱らしむ。支那の古塚に、猥褻わいせつの像をおさめありたり。本邦で書箱鎧櫃よろいびつ等に、春画まくらえを一冊ずつ入れて、災難除けとしたなども、とどの詰まりはこの意に基づくであろう。

    アイルランドには、古建築殊に寺院の前に、陰を露わせる女の像を立てたるものあり、邪視の者に強く睨まるれば火災等起る。しかるにその人の眼、第一に女陰の方へかれて、邪力幾分か減散すれば、次に寺院を睥んでも、大事を起さぬ。すなわち女陰が避雷柱かみなりよけのような役目を務むるのじゃと。かの国人で、只今大英博物館人類学部長たるリード男の直話だった。

    わが邦で、拇指を食指と中指の間にはさみ出し人に示すは、汝好色なりという意という事だが、イタリア人などにそれを見せると、火のごとくなって怒る。それから殺人に及んだ例もある。自分を邪視力ある者と見定め、その害を避けんとて、陰相を作り示すと心得て怒るのだ。

    仏経に鴦掘魔おうくつま僧となり、樹下に目を閉じ居る。国王これをおとない眼を開きて相面せよといいしに、わが眼睛耀てりて、君輩当りがたしと答え、国史に猿田彦大神、眼八咫鏡やたのかがみのごとくにして、赤酸漿あかかがちほどかがや[#「赤+色」、248-3]く、八百万やおよろず神、皆目勝まかちて相問うを得ずとある。

    いずれも邪視強くて、ひとを破るなり。さて天鈿女あまのうずめは、目人にすぐれたる者なれば、選ばれ往きて胸乳むなちを露わし、裳帯ものひもを臍下に垂れ、笑うて向い立ち、猿田彦と問答を遂げたとあるは、女の出すまじき所を見せて、猿田彦の見毒を制服したのだ。

     『郷土研究』四巻二九六頁、尾佐竹猛氏、伊豆新島にいじまの話に、正月二十四日は、大島の泉津村利島としま神津島とともに日忌ひいみで、この日海難坊(またカンナンボウシ)が来るといい、夜は門戸を閉じ、ひいらぎまたトベラの枝を入口に挿し、その上にざるかぶせ、一切外をのぞかず物音せず、外の見えぬようにして夜明けを待つ。

    島の伝説に、昔泉津の代官暴戻ぼうれいなりし故、村民これを殺し、利島に逃れしも上陸を許されず。神津島に上ったので、その代官の亡霊が襲い来るというのだが、どうも要領を得ぬとある。吾輩一家でさえ、父の若い時の事を、父に聞いても分らぬ事多く、祖父の少時の事を、祖父に聞くと一層解しがたく、曾祖高祖等が履歴を自筆せるを読むに、寝言また白痴のごとき譫語たわごとのみ、さっぱり要領を得ぬが、いずれも村の庄屋を勤めた人故、狂人にもあるまじ、その要領を得がたきは、彼らが朝夕見慣れいた平凡極まる事物一切が、既に変り移ってしまったから、彼らが常事と心得た事も、吾輩に取っては稀代の異聞としか想われぬに因る。

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    「蛇に関する民俗と伝説」は『十二支考〈上〉』 (岩波文庫)に所収

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