神社合祀に関する意見(その22)

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神社合祀に関する意見

  • 1 神社合祀令
  • 2 三重県における合祀の弊害
  • 3 神社合祀の強行
  • 4 熊野本宮の惨状
  • 5 新宮、那智
  • 6 熊野古道の惨状1
  • 7 熊野古道の惨状2
  • 8 神社合祀の悪結果1
  • 9 神社合祀の悪結果2
  • 10 神社合祀の悪結果3(前編)
  • 11 神社合祀の悪結果3(後編)
  • 12 神社合祀の悪結果4(前編)
  • 13 神社合祀の悪結果4(後編)
  • 14 神社合祀の悪結果5
  • 15 神社合祀の悪結果6(前編)
  • 16 神社合祀の悪結果6(後編)
  • 17 神社合祀の悪結果7(前編)
  • 18 神社合祀の悪結果7(後編)
  • 19 神社合祀の悪結果8(前編)
  • 20 神社合祀の悪結果8(後編)
  • 21 至極の秘密の儀法
  • 22 神社合祀中止を求む

  • (神社合祀中止を求む)     現代語訳はこちら



     近ごろ英国高名の勢力家で、しばしば日本学会でわが公使、大使に対し聖上の 御為(おんため)に乾盃を上ぐる役を勧めたる名士よりの来状にいわく、むかし外夷種がローマ帝国を支配するに及び、政略上よりキリスト教に改宗してローマ在来の宗教が偶像を祭るは罪深しとてこれを厳禁したのは、人民に親切でも何でもなく、実は古教の堂塔に蔵せる無数の財宝を奪うて官庫に 充(み)てんがためなりし。よって古教亡びてまもなくローマ帝国の民元気沮喪し四分八裂して亡滅しぬ。露国もまた 彼得(ペートル)帝以来不断西欧の文化を輸入し、宗教興隆と称して百姓ども仕来りの古儀旧式を撲滅せんとしたが、百姓にも五分の 魂(たましい)なかなか承知せず、今に古儀旧法を墨守する者はなはだ多く、何でもなき宗儀作法の 乖背(かいはい)から、民心帝室を離れ、皇帝を 魔王(サタン)と呼ぶに及び、これが近世しばしば起こる百姓乱や虚無党や自殺 倶楽部(クラブ)の有力なる遠因となれり。盛邦、近年神道を興すとて瑣末な 柏手(かしわで)の打ち様や歩き振りを神職養成と称して教えこみ、実は所得税を多く取らんために神職を増加し、その俸給を増さしめ、売れ行きの悪い公債証書を売りつけんために無理早速に神社基本金を積ましむる算段と思わる。財政の 紊(みだ)れたるは救う日もあるべし。国民の気質が崩れては収拾し得べからず。われ貴国のために深くこれを惜しむ、とあり。 岡目八目(おかめはちもく)で言いたいままの放語と思えど、久しく本邦に在留せし英人が、木戸、後藤諸氏草創の難に思い比べて、禁ぜんとして禁じ得ざる激語と見えたり。とにかく、かかる評判が外国著名の人より発せらるるは、近来日本公債が外国市場で非常に下落せるに参照してはなはだ面白からず。

     正直の 頭(こうべ)に宿るという神を奉祀する神職と、何の深い念慮なき月給取りが、あるいは脅迫あるいは甘言もて強いて人民に請願書に調印せしめ、さて政府に向かっては人民合祀を好んで請願すといい、人民に向かっては政府の厳命なり、 違(たが)わば入獄さすべしとて二重に詐偽を行ないながら、褒美に預かり模範吏と推称せらるるは、これ民を導くに 詐(いつわ)ることをもってするものにて、詐りより生ずることは必ず堂々と真面目一直線に行ない遂げぬものなり。すでに和歌山県ごときは、一方に合祀励行中の社あると同時に、他の一方には復社を許可さるるあり。この村には一年百円を費やさざれば古社も保存を許されぬに、かの村には一年二十円内外を払うて、しかも月次幣帛料を受くる社二、三並び存置さるるあり。今では前後雑糅、県庁も処分に持て余しおるなり。かかれば到底合祀の好結果は短日月に見るを得ざる、そのうちに人心離散、神道衰頽、罪悪増長、鬱憤発昂、何とも名状すべからざるに至らんことを杞憂す。

     結局神社合祀は、内、人民を堕落せしめ、外、他国人の指嘲を招く 所以(ゆえん)なれば、このこといまだ全国に普及せざる今日、断然その中止を命じ、合祀励行で止むを得ず合祀せし諸社の跡地完全に残存するものは、事情審査の上人民の懇望あらばこれが復旧を許可し、今後新たに神社を建てんとするものあらば、容易に許可せず、十二分の注意を加うることとし、さてまことに神道興隆を謀られなんには、今日自身の給料のために多年奉祀し、衣食し来たれる神社の撲滅を謳歌欣喜するごとき弱志反覆の俗神職らに一任せず、漸をもってその人を撰み、任じ、永久の年月を寛仮し規定して、急がず、しかも怠たらしめず、五千円なり一万円なり、十万、二十万円なり、その地その民に、応分に塵より積んで山ほどの基本財産を積ましめ、徐々に神職の俸給を増し、一社たりとも古社を多く存立せしめ、口先で愛国心を唱うるを止めて、アウギュスト・コムトが望みしごとく、神職が世間一切の相談役という大任に当たり、国福を増進し、聖化を賛翼し奉ることに尽力 ※瘁(きょくすい)するよう御示導あらんことを為政当局に望むなり。

     右は請願書のようなれど、小生はかかる永たらしき請願書など出すつもりなし。何とぞ愛国篤志の人士が一人たりともこれを読んでその要を摘み、 効目(ききめ)のあるよう演説されんことを望む。約は博より来たるというゆえ、心中存するところ一切余さず書き綴るものなり。

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    底本:「南方熊楠コレクション第五巻 森の思想」河出文庫、河出書房新社
       1992(平成4)年3月10日初版発行
       1992(平成4)年5月15日再販発行
    底本の親本:「南方熊楠全集 第七巻」平凡社
    入力:r.sawai
    校正:鈴木伸吾
    ファイル作成:野口英司
    1999年8月18日公開
    2001年7月16日修正
    青空文庫作成ファイル:
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    ●表記について

    本文中の※は、底本では次のような漢字(JIS外字)が使われている。

    ※言(ようげん)

    第3水準1-94-7
    木を※(けず)りて

    第4水準2-13-74
    ※(よめ)

    第4水準2-5-70
    髫※(ちょうしん)

    第4水準2-94-75
    ※(つと)め

    第3水準1-14-70
    公孫※

    第3水準1-88-37
    ※爾(さいじ)

    第4水準2-86-82
    ※罪(あしきり)

    第4水準2-3-23
    ※鯉(せんざんこう)

    第4水準2-93-53
    寺院の古※(かしわ)

    第3水準1-86-22
    大有害の 虫※(ちゅうさい)

    第3水準1-91-1
    尽力※瘁(きょくすい)するよう

    第4水準2-78-1

     


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    「神社合祀に関する意見」は『南方熊楠コレクション〈5〉森の思想』 (河出文庫)に所収

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