神社合祀に関する意見(その10)

神社合祀に関する意見

  • 1 神社合祀令
  • 2 三重県における合祀の弊害
  • 3 神社合祀の強行
  • 4 熊野本宮の惨状
  • 5 新宮、那智
  • 6 熊野古道の惨状1
  • 7 熊野古道の惨状2
  • 8 神社合祀の悪結果1
  • 9 神社合祀の悪結果2
  • 10 神社合祀の悪結果3(前編)
  • 11 神社合祀の悪結果3(後編)
  • 12 神社合祀の悪結果4(前編)
  • 13 神社合祀の悪結果4(後編)
  • 14 神社合祀の悪結果5
  • 15 神社合祀の悪結果6(前編)
  • 16 神社合祀の悪結果6(後編)
  • 17 神社合祀の悪結果7(前編)
  • 18 神社合祀の悪結果7(後編)
  • 19 神社合祀の悪結果8(前編)
  • 20 神社合祀の悪結果8(後編)
  • 21 至極の秘密の儀法
  • 22 神社合祀中止を求む

  • (神社合祀の悪結果 第3 前編)     現代語訳はこちら



     第三、合祀は地方を衰微せしむ。従来地方の諸神社は、社殿と社地また多くはこれに伴う神林あり、あるいは神田あり。別に基本財産というべき金なくとも、氏子みな入費を支弁し、社殿の改修、祭典の用意をなし、何不足なく数百年を面白く経過し来たりしなり。今この不景気連年絶えざる時節に、何の急事にあらざるを、大急ぎで基本財産とか神社の設備とか神職の増俸とかを強いるは心得がたし。あるいは大逆徒出でてより、在朝者、神社を宏壮にし神職に威力を賦して思想界を取り締らしめんとて、さてこそ合祀を一層励行すといえど、本県ごとき神武帝の御古社を滅却したり、新宮中の諸古社をことごとく公売したりせるのちに、その地より六人という最多数の大逆徒を出せるを見る者、誰かその本末の顛倒に呆れざらん。また、只今ごとき無慙無義にして神社を潰して自分の俸給を上げんことのみ ※(つと)め、あるいは枯損木と称して枯損にあらざる神木を伐り売るような神職が、何を誦し何を講じたりとて、人民はこれ狼が説法して羊を欺き、猫が弾定に入ると 詐(いつわ)って鶏を 攘(ぬす)まんとするに等しと嘲弄し、何の傾聴することかあらん。まのあたり古社、旧蹟を破壊して、その惜しむに足らざるを示し、さて一方に無恥不義きわまる神職をして破壊主義の発生を妨遮せしめんとするは、娼妓に烈女伝を説かしめ、屠者に殺生禁断を主張せしむるに異ならず。

     むかし隋の 煬帝(ようだい)、父を弑し継母を強姦し、しかして仏教を尊信することはなはだし。車駕一たび出で還らず、身凶刃に斃る。後世、仏者曲説保護せんとするも、その弁を得ず、わずかにこれこの菩薩濁世に生まれて天子すら悪をなすべからざるの理を実証明示せるなりと言う。 嗚呼(ああ)今の当局もまた後日わずかにかの人々は宰相高官すら神社を滅却すればその罪の到来する、綿々として断えず、国家の大禍をなすを免れずという理を明証せる権化の再誕なりと言われて安んぜんとするか。今日のごとき不埒な神職に愛国心や民の元気を鼓吹せしめんと謀るは、何ぞ梁の武帝が敵寇至るに沙門を集めて『摩訶般若心経』を講じて 虜(とりこ)となり餓死せしに異ならん。むかし張角乱を 作(な)せしとき、漢廷官人の不心得を諷して向翔と言える人、兵を 将(ひき)い河上に臨み北向して『孝経』を読まば賊必ず自滅すべし、と言えり。また 北狄(ほくてき)が漢地を犯せし時、太守宋梟、涼州学術少なし、故にしばしば反す、急に『孝経』を多く写させ家々習読せしめば乱たちまち止みなん、と言えり。神社合祀で危険思想を取り締らんとするは、ほとんどこの類なり。

     和歌山県の神主の総取締りする人が新聞で公言せしは、神社は正殿、神庫、幣殿、拝殿、着到殿、舞殿、神餐殿、御饌殿、御炊殿、盛殿、斎館、祓殿、 祝詞屋(のつとや)、直殿、宿直所、厩屋、権殿、遙拝所の十八建築なければ設備全しと言うべからずとて、いかに神林大いに茂り四辺神さびたる神社を見るも、設備足らずとてこれを滅却す。今時かかる設備全き神社が、官国幣社を除きて 何所(いずく)にかあるべき。真に 迂儒(うじゅ)が後世に 井田(せいでん)を復せんとし、渡天の律僧がインドより支那に帰りて雪中裸かで水で肛門を浄むるに等しき愚説なり。神殿は絶えず破損し通すものにあらず。用いようによりては地方に大利潤あるべき金銭を、この不景気はなはだしき世にかかる何の急用なき備えに永久蓄積せしむるは、世間財理の融通を 障(さえぎ)り、不得策のはなはだしきで、地方に必要の 活金(いきがね)を地下に埋め投ずに同じ。神社の基本金いかに殖えるとも、土地がそれ相応に繁昌せずば何の甲斐あらん。いわんや、実際地方には必ず多少の姦徒あり、種々方策してこの基本金を濫用し去らんとする輩多きをや。一昨年の『和歌山新報』によれば、有田郡奥山村の白山社を 生石(おいし)神社に併せ、社趾の立木売却二千五百円を得、合祀費用三百五十円払いて、残り二千百五十円行方不明、 石磴(いしだん)、石燈籠、手水鉢等はことごとく誰かの分捕りとなる。かかる例多きゆえ、『紀南新報』に、今の合祀の 遣(や)り方では、故跡旧物を破壊して土俗を乱して得るところは狸一疋くらいに止まる、いっそ郡村の役所役場より比較的正直確実なる警察署に合祀処分を一任しては 如何(いかん)、と論ぜる人ありしは明論なり。

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    「神社合祀に関する意見」は『南方熊楠コレクション〈5〉森の思想』 (河出文庫)に所収

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