兎に関する民俗と伝説(その12)


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     マダガスカル島にもこんな話が若干ある、その一つにいわく、昔々野猪と蛙が平地から山の絶頂まで競争しようと懸かった、さて野猪がえらい勢いで乗り出すと同時に蛙がその頸上に飛び付いて留まった、蛙の身は至って軽く野猪の頸の皮がすこぶる厚いから一向気が付かぬ、かくて一生懸命に走って今一足で嶺に達するという刹那せつな蛙が野猪の頸からポイとんで絶頂へ着いたので野猪我は蛙にしてられたと往生を唱うた、

    残念でならぬから今度はどちらが能く跳ぶか競べ見んと言うと蛙容易たやすく承諾し打ち伴れて川辺に到り一、二、三といいうと同時に野猪が跳び出すその時遅くかの時速くまた蛙めが野猪の頸に飛び付いたのを一向知らず、努力して川の彼岸へ跳び下りる前に蛙がその頸から離れて地へ下りたので野猪眼を赤くし口から白い沫を吐いて降参した。

     今一つマダガスカル島の話には野猪と守宮やもりと競争したという、ある日野猪が食を求めに出懸ける途上小川側で守宮に行き逢い、何と変な歩きぶりな奴だ、そんなに歩が遅くちゃアとても腹一杯に物を捉え食う事はなるまい、お前ほどせて足遅と来ちゃ浮々うかうかすると何かに踏み殺されるであろう、よしか、一つ足を試して見よう、予がこの谷をまるで歩き過ごした時に汝はまだこの小川の底をい渡ってしまわぬ位だろうと言うと守宮そんなに言われると一言も出ぬ、

    しかし日本の売淫などの通語にも女はつらより床上手などと言って守宮にはまた守宮だけの腕前足前もあればこそ野猪様の御厄介にならず活きて居られると言うものサ、何と及ばぬながら一つ競駈かけくらべを試して見ようでござらぬかと言うと、野猪心中取るにも足らぬ守宮と蔑みながら、さようサ、だがここは泥が多い万一己の足で跳ね上げる泥塊が汝の身に降り懸かって見ネーナ、たちまち饅頭の上へ沢庵の重しを置いたようにつぶれてしまうが気の毒だ、ちょうどソレそこの上の方に乾いた広場があるからそこで試して見ようそしてもし予が負けたら予と予の眷属残らず汝守宮殿の家来になりましょうと言うと、どう致しまして野猪様御一疋でいらっしゃっても恐ろしくてならぬものを御眷属まで残らず家来にしようなどとは夢存じ寄りません、だがほんの遊戯と思召おぼしめして一つ御指南を仰ぎたいと守宮が答えて上の方の広場へ伴れ行き、サアあそこの樹幹にヴェロと言うかやが生えて居る、そいつを目的に競争と約束成りて野猪がサア駈け出そうと言うと守宮オット待ちなさい足場をしかと検して置こうと言うて野猪のたてがみの直ぐそばに生えおった高いすすきじ登りサア駈けろと言うと同時に野猪の鬣に躍び付いた、

    野猪一向御客様が己の頸に取り付いていると心付かず、むやみ無性に駈け行きてかの樹の幹に近づくとたちまち守宮は樹の幹に飛び付きそれ私の方が一足捷かったと言われて野猪腹を立て一生懸命に駈け戻ると守宮素捷くその鬣に取り付きおり、今一足で出立点と言うときたちまち野猪の前へ躍び下りる、かくすること数多回一度も野猪の勝とならなんだので憤りとつかれで死んでしまったとある。

     上述の諸話と大分変ったのがセイロンに行わるる獅と亀の競争の話で、いわくある時小川の岸辺で亀と獅と逢う、亀獅にむかい汝がこの川を跳び越えるよりも疾く予はこの川をおよぎ渡って見すべしと言った、獅奇怪な申し条かなと怪しんで日を定めて競争を約した、その間に亀その親族のある一亀を語らい当日川の此方こなたに居らしめ自分は川の彼方かなたに居り各々ラトマル花莟一つを口中にふくむ事とした、

    さて約束の日になって獅川辺に来り亀よ汝は用意調ととのうかと問うと、用意十分と答えたので、獅サア始めようと川を跳び越えて見れば亀はすでに彼岸に居る、またこの岸へ跳び来って見ればやはり亀がはや渡り着いている、同じ花莟を一つ含んでいるから二疋の別々の亀を獅が同じ一疋の亀と見たんだ、

    焼糞やけくそになり何と貴様は足の捷い亀だ、しかし予ほどに精力が続くまいいっそどっちが疲れ果て動くことのならぬまで何度も何度も試して見ようじゃないかと言うと、亀は一向動かずに二疋別々に両岸に坐りおればいのだから異議なくサア試そうと答えたので、獅狂人のごとく彼岸へ飛んだり此岸しがんへ飛んだり何度飛んでも亀が先にいるのでついに飛びじにに死んでしまいました。

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    「兎に関する民俗と伝説」は『十二支考〈上〉』 (岩波文庫)に所収




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