兎に関する民俗と伝説(その1)

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     この一篇をつづるに先だち断わり置くは単に兎と書いたのと熟兎なんきんと書いた物との区別である。すなわちここに兎と書くのは英語でヘヤー、独名ハーセ、ラテン名レプス、スペイン名リエプレ、仏名リエヴル等が出た、アラブ名アルネプ、トルコ名タウシャン、梵名舎々迦ささか、独人モレンドルフ説に北京ペキン辺で山兎、野兎また野猫児と呼ぶとあった。

    吾輩幼時和歌山で小児をねむらせるうたにかちかち山の兎はささの葉を食う故耳が長いというたが、まんざら舎々迦ささかてふ梵語にって作ったのであるまい。兎を野猫児とはこれを啖肉獣たる野猫の児分こぶんと見立てたのか。ただしノルウェーの兎は雪をくぐって※(「鼬」の「由」に代えて「奚」、第4水準2-94-69)はつかねずみを追い食う(一八七六年版サウシ『随得手録コンモンプレース・ブック』三)と同例で北京辺の兎も鼠を捉るのか知れぬ。

    日本では専ら「うさぎ」また「のうさぎ」で通るが、古歌には露窃つゆぬすみてふ名でんだのもある由(『本草啓蒙』四七)。また本篇に熟兎と書くのは英語でラビット、仏語でラピン、独名カニンヘン、伊名コニグリオ、西名コネホ、これらはラテン語のクニクルスから出たので英国でも以前はコニーと呼んだ。日本では「かいうさぎ」、また外国から来た故南瓜とうなす南京ナンキンというごとく南京兎と称う。

    兎の一類はすこぶる多種でオーストラリアとマダガスカルを除き到る処産するが南米には少ない。日本普通の兎は学名レプス・ブラキウルス、北国高山にんで冬白く化けるやつがレプス・ヴァリアビリス、支那北京辺の兎はレプス・トライ、それから琉球特産のペンタラグス・フルネッシは耳と後脚がレプス属の兎より短くて熟兎に近い。一八五三年版パーキンスの『亜比西尼住記ライフ・イン・アビシニア』にもかの地に兎とも熟兎とも判然せぬ種類が多いと筆し居る。熟兎はレプス等の諸兎と別に一属を立てすなわちその学名をオリクトラグス・クニクルスという。

    野生の熟兎は兎より小さく耳と後脚短く頭骨小さくて軽い。しかのみならず兎児は毛生え眼開いて生まれ、生まるると直ぐに自ら食を求めて親を煩わさず自活し土を浅くくぼめてその中に居るに、熟兎児は裸で盲で生まれ当分親懸り、因って親が地下に深くあなを掘り通してそのうちで産育する、一八九八年版ハーチングの『熟兎篇ゼ・ラビット』に拠るとと熟兎はスペイン辺に産しギリシアやイタリアやその東方になかった。

    古ユダヤ人もこれを知らずしたがって『聖書』に見えず、英訳『聖書』に熟兎コニーとあるはヘブリウ語シャプハンを誤訳したのでシャプハン実は岩兎ヒラクスを指すとある。岩兎は外貌が熟兎に似て物の骨骼こっかくその他の構造全く兎類と別で象や河馬かば等の有蹄獣の一属だ。この物にも数種あってアフリカとシリアに産す(第三図[#図は省略]は南アフリカ産ヒラクス・カベンシス)。巌の隙間すきまに棲み番兵を置いて遊び歩き岩面を走り樹に上るは妙なり、その爪と見ゆるは実はひづめで甚ださいの蹄に近い(ウッド『博物画譜イラストレーテッド・ナチュラル・ヒストリー』巻一)。

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    「兎に関する民俗と伝説」は『十二支考〈上〉』 (岩波文庫)に所収

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