田原藤太竜宮入りの話(その7)

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     ある蛇どもが乳を嗜む事は、一九〇七年版、フレザーの『アドニス篇』に載せて、蛇を人間の祖先と見立てた蛮人が、祖先再生までの間これを嬰児みどりご同様に乳育するに及んだのだろうとあるを、予実例を挙げて、蛇が乳を嗜むもの多きより、これを崇拝する者乳を与うるのだとばくし置いた(一九〇九年『ノーツ・エンド・キーリス』十輯十一巻、一五七—八頁)。蛇また竜が豊作に縁ありてふ事は、フレザーのかの書五九頁、一九一一年版『エンサイクロペジア・ブリタニカ』二十四、蛇崇拝の条等に見ゆ。ここに面白きは、ハクストハウセンの『トランスカウカシア』に載せた伝説「米の発見」てふやつだ、いわくアブラハムの子シャー・イスマエル既に全世界を従え、大洋を囲んで無数の軍兵に、毎人一桶ずつ毎日その水をませ、以て大海をらそうと懸った、かくて追々海が減る様子を、海の民が海王に告げると、王彼らに「敵軍水を汲むに急ぎおるか、徐々そろそろりおるか見て来い、急いで行りおるなら、彼らはほどなくへこれるはずだ、徐々っておるなら、われら降参して年貢を払わにゃならぬ」と言った。これ誠に名言で、内典にも大施太子、如意宝珠を竜宮に得、海を渡って少眠まどろむ内、諸竜にその珠を盗まれしが、眼覚めて、珠をとりかえさずばついに空しく帰らじと決心し、一の亀甲をって海水を汲みさんとした。海神問うらく、海水深庭三百三十六万里、世界中の民ことごとく来て汲んだって減らぬにきまった物を、汝一身何ぞ能く汲み尽くし得べきと。太子こたえて、〈もし人至心にして所作事あるを欲せば、弁ぜざるなし、我この宝を得まさに用いて一切群生を饒益し、この功徳を以て用いて仏道を求むべし、わが心おこたらず、何を以て能わざる〉と言ったので、海神その精進強力所作に感じ、珠を還し、その根性強さでは、汝必ず後身成道じょうどうすべき間、その時必ず我を弟子にしてくれと頼んだ、大施太子は今の釈迦で、海神は離越これなりとある(『賢愚因縁経』八)。

     さて、海王がに遣った民が還って、陸王は海を汲むに決して急がず、毎卒日に一桶ずつ汲むと告げたので、海王しからば降参と決し、使をシャーに遣わした。その使の言語一向分らぬから、シャーこれを牢舎し、一婦をその妻として同棲せしめると子が出来た、その子七歳になり、海陸両世界の語を能くすから、これを通弁として、海王の使がシャーの前に出で、海王降参の表示しるしとして、何を陸王にたてまつるべきやと問うと、百ガルヴァルだけ糧食かてたてまつれと答う。使これを海王に報ずると、大いに困って、われは大海所有一切の宝を献るべきも、百ガルヴァルてふ莫大の食料は持たぬといった。百ガルヴァルは、日本の二四一九貫二〇〇匁で、大した量でないがこの話成った頃の韃靼タタリアでは、莫大な物だったのだ。そこでシャー、しからば五十ガルヴァルはと問うと、海王それも出来ぬから、自分の后と諸公主むすめどもまいらそうと答えた。このシャー女嫌いと見え、しからば二十五ガルヴァルはというと、それだけなら何とかこしらえて見ますと言って献った、その海王のかてというは稲で、もとより水に生じ、陸に生きなんだが、この時より内地諸湖の際に植えられたとある。

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    「田原藤太竜宮入りの話」は『十二支考〈上〉』 (岩波文庫)に所収

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