田原藤太竜宮入りの話(その11)

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     『不空羂索陀羅尼経』に、緊羯羅こんがら童子を使うて、世間の新聞一切報告せしむる方を載せ、この童子用なき日は、一百金銭を持ち来り、持呪者に与う、しかしその銭は仏法僧のためにつかはたし、決しておしんじゃいけないとは、例の坊主勝手な言で、果してさようなら、持呪者は只働ただばたらきで余り贏利もうけにならぬ、この緊羯羅は瞋面怒目赤黄色狗牙上に出で、舌を吐いて唇を舐め、赤衣を着たという人相書で、これに反し※(「てへん+適」、第4水準2-13-57)せいたかは、笑面黄白色の身相、人意を悦ばしむと見ゆ。この者も持呪者のために一切の要物いるものを持ち来り、不快な物をけ去り、宅舎いえを将ち来り掃灑そうじし、毒害も及ぶ能わざらしめるなど至極重宝だが、持呪者食時ごとに、まず飲食をこれに与え、また花香花鬘けまん等を一日欠かさず供えずば、隠れ去って用をさぬとある。

      『不動使者陀羅尼秘密法』に、〈不動使者小童子形をす、両種あり、一は矜禍羅こんがらと名づく(すなわち宮迦羅くがら)、恭敬小心の者なり、一は制※(「咤−宀」、第3水準1-14-85)迦と名づく、共に語らい難く、悪性の者なり、なお人間悪性の下にありて、駆使を受くといえども、常に過失多きがごときなり〉。

    亜喇伯夜譚アラビヤンナイツ』に名高いアラジンが晶燈ランプさえとぼせば現れた如意使者、グリンムの童話の廃兵が喫烟きつえんするごとに出て、王女を執り来った使者鬼など、万事主人の命に随うたが、『今昔物語』の宮迦羅同前、余りに苛酷に使えば怒りて応ぜず、また幾度も非行をし過すに、不同意だったと見える。秀郷の心得童子が、主人の子孫に叱られて消え去ったは、全く主人の所望にことごとく応ぜなんだ故で、矜羯羅こんがらよりは※(「咤−宀」、第3水準1-14-85)せいたかに近い、かかる如意使者は、欧州の巫蠱ふこ(ウィチクラフト)また人類学にいわゆるファミリアール(眷属鬼)の一種で、諸邦眷属鬼については、『エンサイクロペジア・ブリタンニカ』一九一〇年版、六巻八頁に説明あり。

     一九一四年版、エントホヴェンの『グジャラット民俗記フォークロール・ノーツ』六六頁に、昔インドモヴァイヤの一農、耕すごとに一童男被髪して前に立つを見、ある日その髪をり取ると、彼随い来って復さん事を切願すれど与えず、髪を小豆納あずきいれの壺中にかくす。爾来彼童僕となって田作す、そのうち主人小豆くとて、童をしてつぼより取り出さしむると、自分の髪を見附け、いと重き小豆一荷持って主人にいたり、告別し去った、この童はブフット鬼だったという。ブフットすなわち上に引いた部多ヴェータラかと思うが、字書がなき故ちょっと判らぬ、とにかくこれも如意使者の一種、至って働きのないやつに相違ない。

     これでまず竜宮入り譚の瑣末さまつな諸点を解いたつもりだ。これより進んでこの譚の大体が解るよう、そもそも竜とは何物ぞという疑問を釈こう。

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    「田原藤太竜宮入りの話」は『十二支考〈上〉』 (岩波文庫)に所収

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