蛇に関する民俗と伝説(その42 )

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  • (邪視という語が早く用いられた一例)

        (付) 邪視という語が早く用いられた一例

     余り寒いので何を志すとなく、明の陳仁錫の『潜確居類書』一〇七をそこここ見ておると、鶏廉狼貪、魚瞰鶏睨、魚不瞑、鶏邪視とある。この文句は何から採っただろうと、『淵鑑類函』四二五、鶏の条を探ると、〈王褒おうほう曰く、魚瞰鶏睨、李善以為おもえらく魚目つむらず、鶏好く邪視す〉とある。

    鶏はよく恐ろしい眼付きで睨むをいうので、この田辺辺で古く天狗が時に白鶏に化けるなどいい忌む人があったは、多少その邪視を怖れたからだろう。白いのに限らず鶏をすべて嫌うた村もあったときく。

    『拾遺記』一、※[#「禾+砥のつくり」、312-2]支の国よりに献じた重明の鳥は、
    〈双睛目あり、かたち鶏のごとし、能く猛獣虎狼を搏逐す、妖災群悪をして、害為す能わざらしむ、(中略)今人毎歳元日、あるいは木を刻み金を鋳す、あるいは図を画きて鶏※(「片+(戸の旧字+甫)」、第3水準1-87-69)ゆうじょうに為す、これその遺像なり〉。

    その他支那で鶏を以て凶邪を避けた諸例は、載せて Willoughby-Mcade,‘Chinese Ghouls and Goblins’. 1928. pp. 155-157. にづ。またマレー群島中、アムボイナやマカッサーの人はその辺の海に千脚ある大怪物すみ、その一脚を懸けられてもたちまち船がくつがえる、がこの怪物鶏を怖れるからとて、船には必ず鶏を乗せて出発するという(Stavorinus, “Account of Celebes, Amboyna, etc.”, in Pinkerton,‘Voyages and Travels’, vol. xi. p. 262, London, 1812)。

    これら種々理由あるべきも、その一つは鶏の邪視もて他の怪凶をば制したのであろう。王褒は有名な孝子かつ学者で、『晋書』八八にその伝あり。李善は唐の顕慶中、『文選』を註した(『四庫全書総目』一八六)。

    熊楠十歳の頃、『文選』を暗誦して神童と称せられたが、近頃年来多くの女の恨みで耄碌もうろくし、くだんの魚瞰鶏睨てふ王褒の句が、『文選』のどの篇にあるかをおもい出し得ない。が何に致せ李善がこれに註して、魚瞰とは死んでも眼を閉じぬ事、鶏睨とはよく邪視する事を解いたのだ。

    前項に、邪視なる語は、唐の貞元中に訳された『普賢行願品』に出でおり、今(昭和四年)より千百三十年ほどの昔既に支那にあったと述べたれど、それよりも約百四十年ほど早く行われいたと、この李善の註が立証する。また魚瞰について想い出すは、予の幼時、飯のサイにまずい物を出さるると母を睨んだ。

    その都度母が言ったは、カレイが人間だった時、毎々つねづね不服で親を睨んだ、その罰で魚に転生してのちまでも、眼が面の一側にかたより居ると。さればカレイも邪視する魚と嫌うた物か[延享二年大阪竹本座初演、千柳せんりゅう松洛しょうらく小出雲こいずも合作『夏祭浪花鑑なつまつりなにわかがみ』義平治殺しの場に、三河屋義平治その婿団七九郎兵衛をののしことばに、おのれは親をめおるか、親を睨むと平目になるぞよ、とある。ヒラメもカレイも眼が頭の一傍にかたよりおるは皆様御承知]。

    後水尾院ごみずのおいん年中行事』上に、一参らざる物は王余魚、云々。またカレイ、目の一所によりて附し、その体異様なれば参らずなどいう女房などのあれども、それも各の姿なり、その類の中に類いず、こと様にあらばこそと見ゆ。(二月二十八日)

     追加 前項に、今より千二百七十年ほどの昔、唐の顕慶年間、李善が書いた『文選』の註に、鶏好邪視とあるを、邪視なる語のもっとも早くみえた一例として置いた。その後また捜索すると、それより少なくとも五百二十年古く、後漢の張平子の『西京賦』に、〈ここにおいて鳥獣、目をつく覩窮みきわむ、遷延し邪視す、乎長揚の宮に集まる〉。

    注に『説文』曰く、〈睨は斜視なり、劉長曰く、邪睨邪視なり〉、同上、麗服※(「風にょう+昜」、第3水準1-94-7)ようせい※藐流眄べいびょうりゅうべん[#「目+名」、313-14]、一顧傾城けいせいとある*を、山岡明阿の『類聚名物考』一七六に引いて、邪視をナガシメと訓じあるを見あてた。この邪睨は邪視と同じくイヴル・アイを意味し、支那でイヴル・アイをいい表わした最も古い語例の一つだろう。

    ナガシメは紀州田辺近村の麦打ち唄に「色けないのに色目を使う」というイロメで、流眄によく合えど、邪睨邪視には合わない。また同項に引いたマレー群島で海中の怪物が鶏を怖るるてふ話に近きは、琉球にもあって、 佐喜真さきま君の『南嶋説話』二九頁にづ。
    (昭和六年四月、『民俗学』三ノ四)

     * 註に※[#「目+名」、314-5]眉睫びしょうの間、藐、き視容なり。

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    底本:「十二支考(上)」岩波文庫、岩波書店
       1994(平成6)年1月17日第1刷発行
       1997(平成9)年10月6日第10刷発行
    底本の親本:「南方熊楠全集 第一・二巻」乾元社
       1951(昭和26)年
    入力:小林繁雄
    校正:かとうかおり
    2005年11月6日作成
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    • 「虫+罔」    222-12
      「虫+元」    224-5
      「虫+冉」    224-6、225-11、225-13、226-14、226-15、226-16、227-3、227-8、227-11、227-12、227-13、228-1、228-2、228-5、229-2、305-15
      「口+禽」    226-16
      「てへん+孑」    234-14
      「赤+色」    248-3
      「分+おおざと」    274-3
      「縢」の「糸」に代えて「虫」    274-11、275-9
      「禾+砥のつくり」    312-2
      「目+名」    313-14、314-5

    「蛇に関する民俗と伝説」は『十二支考〈上〉』 (岩波文庫)に所収

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