蛇に関する民俗と伝説(その28)

蛇に関する民俗と伝説インデックス

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  • (蛇の足2)

     蛇足のたとえは『戦国策』に見ゆ。昭陽楚の将として魏をち更に斉を攻めた時、弁士陳軫ちんしん斉を救うためこの喩えを説き、昭陽にいくさめしめた。一盃の酒を数人飲まんとすれど、頭割りでは飲むほどもなく一人で飲むとあり余るから、申し合せて蛇を地に画き早く成った者一人が飲むと定め、さて最も早く蛇を画いた者が、その盃を執りながら、この蛇の足をも画いてみせようと画き掛くる内、他の一人その盃を奪い取り、蛇は足なきに定まったるに、無用の事をするからおれが飲むとて飲んでしまい、足を画き添えようとした者その酒をうしのうた。公も楚王に頼まれて魏を破ったら役目は済んだ。この上頼まれもせぬ斉国を攻むるは、真に蛇足を書き添える訳だと説いたのだ。

    ムショーの『艶話事彙ジクショネール・ド・ラムール』にも、処女が男子にまみえし事の有無は、大空を鳥が飛び、岩面を蛇が這った足跡を見定むるよりも難いと、ある名医が嘆じたと載す。この通りないに相場の定まった蛇の足とは知りながら、既に走りあるく以上は、何処かに隠れた足があるのであろうと疑う人随分多く、そんな事があるものかと嘲る人も、蛇がどうして走り行くかを弁じ得ぬがちだ。誠に愍然な次第故、自分も知らぬながら、学者の説を受け売りしよう。

     そもそも蛇ほど普通人に多く誤解され居るものは少ない。例せば誰も蛇は常にれ粘ったものと信ずるが、これその鱗が強く光るからで、実際そんなに沾れ粘るなら沙塵が着き、おもりて疾く走り得ぬはずでないか。その足に関する謬見は一層夥しく、何でも足なければ歩けぬとめて掛かり、何がな足あるにしてしまわんと種々の附会を成した。

    支那の『宣室志』にいう、桑の薪であぶれば蛇足を出すと。オエン説に米国の黒人も蛇は皆足あり炙れば見ゆという由。プリニウスの『博物志』巻十一に、蛇の足が鵝の足に似たるを見た者ありと見ゆ。しかるに近来の疑問というは、支那道教の法王張天師の始祖張道陵どうりょう、漢末ぎゃくを丘社に避けて鬼を使い、病を療ずる法を得、大流行となったが、のち蟒蛇に呑まる。その子衡父の屍をもとめて得ざりければ、はくちょうの足をつないで石崖頂に置き、白日昇天したと言い触らし、愚俗これを信じて子孫を天師とあがめた(『五雑俎』八)。

     ギリシアの哲学者ヘラクレイデース常に一蛇を愛養し、臨終に一友に嘱してその屍を隠し、代りにかの蛇を牀上に置き、ヘラクレイデースが明らかに神の仲間に入った証と言わしめたと伝うるもやや似て居るが、張衡が何のために鵠の足を崖頂につないだものか。

    道教の事歴にもっとも精通せる妻木直良氏に聞き合せても、しかと答えられず、鵠も鵝も足にみずかきあり概して言わば古ローマ古支那を通じて蛇の足は水鳥の足に似居ると信じたので、張衡その父が蟒蛇に呑まれたのをかくし転じて、大蛇に乗りて崖頂に登り、それから昇天したその大蛇が、足を遺したと触れ散らしたのであるまいか。

    昇天するだけの力を持った大仙が、崖頂まで大蛇の仲継をたのまにゃならぬとは不似合な話だが、呉の劉綱その妻はん氏とともに仙となり、大蘭山上の巨木に登り鋳掛屋いかけや風の夫婦づれで飛昇したなどその例多し。

    ※(「虫+廷」、第4水準2-87-52)とんぼせみが化し飛ぶに必ず草木をじ、蝙蝠こうもりは地面からじかに舞い上り能わぬから推して、仙人も足掛かりなしに飛び得ないと想うたのだ。既に論じたごとく、実際蟒蛇には二足の痕跡を存するから張衡の偽言もよりどころあり。

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    「蛇に関する民俗と伝説」は『十二支考〈上〉』 (岩波文庫)に所収

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