蛇に関する民俗と伝説(その11)

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蛇に関する民俗と伝説インデックス

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  • 蛇の足
  • 蛇の変化
  • 蛇の効用
  • (付)邪視について
  • (付)邪視という語が早く用いられた一例

  • (蛇と方術1)

         蛇と方術

     インドは毒蛇繁盛の国だけに、その呪法が極めて多い。『弥沙塞五分律』に、一比丘浴室の火を燃さんとて薪を破る時、木の孔より蛇出で、脚をして比丘を殺した。仏のたまわくかの比丘八種の蛇名を知らず、慈心もて蛇に向わず、また呪を説かずして蛇に殺されたとて、八種の蛇名を挙げたるを見るに、竜王の名多し。仏経の竜は某々の蛇にほかならぬからだ。その呪言は、〈我諸竜王をいつくしむ、天上および世間、わが慈心を以て、諸恚毒いどくを滅し得、我智慧ちえを以て取り、これを用いこの毒を殺す、味毒無味毒、滅され地に入りて去る〉、仏曰く、この呪もて自ら護る者は、毒蛇に傷殺されずと。味毒無味毒とは、蛇の牙から出る毒液に、味あると味なきとあるを、古くインド人が試み知ったと見ゆ。

     一九〇六年版、ドラコット女史の『シムラ村話ヴィレージ・テールス』二一八頁にいわく、インドの小邦ラゴグールの王は、帽蛇コブラを始め諸蛇の咬んだのを治す力を代々受け伝う。毒蛇に咬まれた人、糸一条を七所結び頸に掛け、ジェット・シン、ジェット・シンと唱え続けながら、王宮におもむく途中、結び目を六つまで解く、宮に入って王の前で、七つ目の結びを解く、時に王水をそのきずそそぎ、また両手に懸け、一梵士来りて祈りくれると、平治して村へ還ると。トダ人蛇咬を療するに、女の髪をねじり合せて、創の近処三所括り呪言を称う(リヴァルス著『トダ人篇』)。

    いかなる理由ありてか、紀州でウグちゅう魚に刺されたら、一日ばかり劇しく痛み、死ぬ方がましじゃなど叫ぶ時、女の陰毛三本で創口をかば治るという。『郷土研究』二巻三六八頁にも、門司でオコゼに刺された処へ、女陰の毛三筋当て置けば、神効ありとづ。

    ある人いわく、ウグもオコゼも人を刺し、女は※(ゴマ、1-3-30)※(ゴマ、1-3-30)※(ゴマ、1-3-30)※(ゴマ、1-3-30)。その事大いに異なれど国言相通ず。陰陽和合して世間治安する訳だから、魚に一たび刺された代りに※(ゴマ、1-3-30)※(ゴマ、1-3-30)※(ゴマ、1-3-30)※(ゴマ、1-3-30)仇を、徳で征服する意で、女人の名代にその毛を用いるのだと。これは大分受け取りがたい。しかし女の髪といい、三という数がインドのトダ人の呪術にもあるが面白い。

      『古事記』にも、須佐之男命すさのおのみことの女須勢理毘売すせりびめが、大国主命おおくにぬしのみことに蛇の領巾ひれを授けて、蛇室中の蛇を制せしめたとあれば、上古本邦で女がかかる術を心得いたらしい。インドの術士は能く呪して、手で触れずに蛇を引き出し払い去る(一九一五年版エントホヴェンの『コンカン民俗記』七七頁)。

    アツボットの『マセドニアン民俗フォークロール』に、かの地で蛇来るを留むる呪あり。
    「諸害物の駆除者モセスは、柱と棒の上に投鎗を加えて、十字架にかたどり、その上に地を這う蛇を結い付けて、邪悪に全勝せり、モセスかくて威光を揚げたれば、吾輩は吾輩の神たるキリストに向いて唄うべし」という事だ。欧州で中古禁厭まじないを行う者を火刑にしたが、アダム、エヴァの時代より、のろわれた蛇のみまじなう者をとがめなんだ。蛇を見付けた処から、少しも身動きせざらしむる呪言は「汝を造れる上帝をいてわれ汝に、汝の機嫌が向おうが向くまいが、今汝が居る処に永く留まれと命じ、兼ねて上帝が汝を詛いしところのものを以て汝を詛う」
    というのだ(チャムバースの『ブック・オブ・デイス』一巻一二九頁)。

    嬉遊笑覧』に、『萩原随筆』に蛇の怖るる歌とて 「あくまたち我たつみちによこたへば、やまなしひめにありと伝へん」というを載せたり。こは北沢村の北見伊右衛門が伝えの歌なるべし。その歌は、「この路に錦まだらの虫あらば、山立姫にひて取らせん」。

    『四神地名録』多摩郡喜多見村条下に、この村に蛇除へびよけ伊右衛門とて、毒蛇に食われし時に呪いをする百姓あり、この辺土人のいえるには、蛇多き草中に入るには、伊右衛門/\と唱えて入らば、毒蛇に食われずという、守りも出す。蛇多き時は、三里も五里も、守りを受けに来るとの事なり、奇というべしといえり。さてかの歌は、その守りなるべし。あくまたちは赤斑なるべく、山なし姫は、山立ひめなるべし。野猪をいうとなん、野猪は蛇を好んで食う、殊にまむしを好む由なり。

    予在米の頃、ペンシルヴァニア州の何処どこかに、蛇多きを平らげんとて、欧州より野猪を多く輸入し、放ちし事ありし。右の歌、蛇を悪魔とせしは、耶蘇ヤソ教説に同じ。ありのみと言い掛けた山梨姫とは、野猪が山梨をこのむにや、識者の教えをつ。

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    「蛇に関する民俗と伝説」は『十二支考〈上〉』 (岩波文庫)に所収

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