ダーウィン

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  • ダーウィン(Darwin, Charles Robert)

    チャールズ・ロバート・ダーウィン(1809年〜1882年)。イギリスの自然科学者。
    ケンブリッジ大学卒業後、イギリス海軍の測量船ビーグル号に乗船。
    5年に及ぶ航海の後、帰国。ビーグル号航海の記録を出版し、好評を博しました。
    その後,自身の進化論をまとめた『種の起源』を1859年11月24日に出版。宗教界から激しい反発を受けましたが、次第に受け入れられるようになりました。



    ダーウィン

    南方熊楠の手紙:履歴書(現代語訳15)
    いわゆる amateur 素人学問ながら、我が国でいう素人浄瑠璃、素人相撲と事は違って、ただその学問を生計の方法としないというまでで、じつは玄人専門の学者を圧する者が多い。スペンサー、クロール、ダーウィン、いずれもこの素人学問で千万の玄人に超絶している者である。

    南方熊楠の手紙:履歴書(現代語訳35)
    学問する者は愚人に知られないといって気に病むようでは学問は大成しないといって、貧弱な村に一生いて小学校の代用教師などをした天主僧メンデルは、心静かに遺伝の研究をしていわゆるメンデルの法則を確定したが、生涯誰ひとりその名さえ知らず、死後数年して急にダーウィン以後の有力な学者と認められた。人が知る知らないを気兼ねしては学問は大成しない

    南方熊楠の随筆:十二支考 馬に関する民俗と伝説(その14)
    エッジウッドがダーウィンに与えた書簡にその小馬ポニーを伴れてロンドンに住む事八年の後地方の旧宅へ帰るに、小馬その道を忘れず直ちにもと住んだ厩に到ったと見ゆ。小馬は馬の矮小なもので三十二インチより五十六インチ高きもので自ずから種別多し。

    南方熊楠の随筆:十二支考 馬に関する民俗と伝説(その16)
    スペイン人が初めて西大陸へ討ち入った時、土人騎兵を半人半畜の神と心得ひたすら恐れ入り、そのすがままにして亡ぼされたは衆人の知るところだ。それほど恐れ入った馬も暫く見馴るれば何ともなくなり、今度は南北米の土人ほど荒馬乗りの上手はなしというほどその業に熟達し、ダーウィンの『探検航行記ジョーナル・オヴ・レサーチス』に南米土人が幼子を抱え裸で裸馬を擁して走り去る状を記し、真に古ギリシアの大勇士の振舞いそのままだと言い居る。


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